エリー街の本屋へ戻る

君の、頬に


ザールブルグの憩いの酒場、飛翔亭。
その一角に、さっきからぺこぺこ頭を下げている娘と、 手にした瓶のかけらと思われるものを見つめたまま、不機嫌そうに頬杖をついている青年がいる。
娘の方は、オレンジ色に白い線の入った輪型の帽子を被り、やはりオレンジ色の、脇にスリットの入った丈の長い服、 黒いスパッツにブーツ、黄みがかった白いマント・・・という、どうやら錬金術師と思われるいでたちだった。
青年の方は、一目で聖騎士とわかる、白の装飾が入った青い鎧を身につけている。
「だから、ごめんってばダグラス〜」
「・・・これは手に入りにくい、貴重な酒だったんだ。俺がわざわざディオに頼んで、取り寄せてもらったんだ。 エリーとかいうどっかのアホが後ろから突き飛ばしさえしなけりゃ、今頃・・・ああ畜生、いい香りだ」
ダグラスと呼ばれたその青年は、未練たらたらな風で、瓶のかけらを鼻に近づけて言った。
「驚かそうと思ったんだよ・・・悪気はなかったんだよ〜」
とすると、この娘がダグラスを突き飛ばした「エリーとかいうどっかのアホ」なのだろう。
「弁償するよ・・・いくら?」
「金で解決すんじゃねえよ」
ダグラスは財布を出したエリーを小突いた。
「それより、悪かったと思ってんなら誠意を見せてくれ」
「誠意?」
「体で払ってもらう」
エリーはあんぐりと口を開けて、また手元の瓶のかけらに視線を戻したダグラスの横顔を見つめた。
「か・・・か・・・か・・・」
「俺の部屋、すげー散らかってんだけどよ。明日来てくれ、丁度俺も休みだしな。 覚悟決めてそれ相応の服装してこいよ」
「え・・・そ、そんな、困るよ・・・」
エリーは真っ赤になってもごもごとつぶやく。
「なんだ、明日は都合悪いのか?」
「いや、その、あの、都合っていうか・・・」
「嫌なのか・・・まあ、気持ちはわかるけどな」
「い、嫌っていうんじゃないけど、でも・・・結婚もしてないのに、やっぱり駄目だよ、そんなこと!!
「・・・は?」
いぶかしげに顔を上げたダグラスの首に、細い腕が絡まった。 テーブルの向こうから乗り出してきたエリーの唇が、頬に触れる。
?!!
お願い、これで勘弁して!体で払うなんて、できないよ」
「・・・・・っ・・・・・ばかかお前は!!!
ダグラスが椅子を蹴って立ち上がり、エリーは首をすくめた。
「だって、だって・・・」
だってじゃねえ、なに考えてやがんだ!!俺は部屋の大掃除を手伝ってもらおうと思っただけだ!!
えええええ?!

体、体で払うってお前、俺がそういう意味で・・・
ダグラスは頬を押さえて真っ赤になり、言葉を失った。
エリーがふと店内を見回すと、全員の視線がもれなくこの場に集中している。
「ひゅー」
「よっ、やるねえ!」
「最近の若いもんは、堂々としとるの」
・・・・・・・・・・。
きゃあああああ、やだ―――っ!!!
我に返ったエリーは椅子を蹴倒し、ものすごい勢いで店のドアを開け、飛翔亭を後にした。


「エリーのアトリエ」という看板が揺れる、尖った赤い屋根の建物。
薄暗い部屋の中。
工房の隅にうずくまり、ぶつぶつつぶやいている影が一つ。
影は時折悲鳴をあげてひっくりかえる。そしてまた、うずくまる。
「おねえさん、どうしちゃったんだろ・・・」
「変だよね」
「ていうか、怖いよ」
「昨日からずーっとこんな感じ」
「仕事になんないぜ、ベイベ」
色とりどりの服を着て帽子を被った、小さな男の子たち。この工房に雇われている、妖精たちである。
妖精たちはかたまって、ごそごそと影の様子をうかがっていた。
ドンドン。
そのとき、工房のドアがやや乱暴にノックされた。
「おねえさん、お客さんだよ」
妖精たちの中で一番古株の、紺妖精のピックルが、うずくまったままの影を後ろからつついた。
「エリーは留守です・・・」
「いるじゃない、ここに」
「うう・・・今出たくない」
どうやら影の正体はエリーらしい。
エリー!
そのときドアの外からかけられた声に、エリーはびくっとして立ち上がった。
あわわわわ、ダ、ダ、ダグラスだ!どうしよう・・・!!
エリーはおろおろとその辺りを無意味に動き回った。
「あ、そうか。ダグラスお兄ちゃんの依頼、今日が期日だよね」
「えっへん。フラム、できてるよ」
「いらっしゃーい、ダグラスお兄ちゃん」
「今開けてやるぜ、ベイベ」
うわわわ!!待って、ちょっと、勝手に・・・
エリーは後を追おうとしたが、既に緑妖精のピノが黄妖精のポッチュと一緒にドアに手をかけて、開けようとしている。 エリーは慌てて本棚の陰に隠れた。
「よう。頼んでたやつ、できてるか」
「できてますよ」
「はい、これ」
ダグラスは青妖精のプリッツが差し出したフラムを受け取った。
「なんだか暗いな。カーテン締め切ってんのか?」
「うん」
「おねえさんが開けちゃだめだって」
「エリーは?」
「そこに隠れてるぜ、ベイベ」
ポッチュがエリーにとってはかなり余計なことを言う。
「おい、出て来いよ」
「・・・うう」
エリーは下を向いたまま、おずおずとカウンターに出て行った。
「なに隠れてんだよ」
「・・・だって」
「昨日のことだったらな・・・お前が逃げ帰った後からかわれて、ものっすごく大変だったぞ。 全くお前ってやつは・・・」
「ごめんなさい」
エリーは消え入りそうな声でつぶやく。
「で、こいつの代金だが」
「うん」
「おい、下向いてねーで、顔上げろ」
「はい・・・」
エリーがためらいがちに顔を上げると、カウンター越しに手が伸びてきて片頬にあてがわれ、もう一方の頬に柔らかい感触が触れた。


■挿絵提供:かやさん■

?!!
「リベンジ。・・・これで五分だ」
耳元でそうつぶやいたダグラスは、耳まで赤くなった顔を隠すようにして、そのまま工房を出て行った。
「・・・ああっ!おねえさん、代金踏み倒されちゃいましたよ!」
「追いかけないと!」
「おねえさん?」
妖精たちはわらわらとエリーの顔をのぞきこんだ。が。
皆一様に青ざめて、工房の奥へ走って行った。
「・・・見た?」
「うん。怖かった・・・」
「口が裂けてたよね」
「やまんばみたいだったぜ、ベイベ」
「あれって、笑ってたのかな・・・」


<おまけ>

30分後。
再び、工房の部屋がノックされた。
「・・・留守かなあ。あれ、でも鍵が開いてる」
ドアの隙間から、温厚そうな青年の顔がのぞいた。
「エリー、いる?ちょっと頼みたいことが・・・」
その目が見たものは。
口も裂けんばかりの笑みを顔に張り付かせたまま、くるくると踊り狂っているエリーと、 奥で怯えながらそれを見ている妖精たちの姿だった。
「・・・・・・・・・・」
ドアは、無言のまま閉められた。

アカデミートップの秀才ノルディス・フーバーがエリーへの淡い想いを断ち切り、ワイマール家の令嬢アイゼル・ワイマールとの恋に目覚めた、 と風の噂に聞いたのは、その少し後のことである・・・。


≪あとがき≫
4000hitリクエストで、ダグエリ小説を書かせていただきましたが・・・
あああああ、エリーファンの方、申し訳ございませ――――んっ!!
発作的に浮かんだあほネタです。もう無茶苦茶。
ううう、リクエストしてくださった那美さんにも申し訳ないです・・・。
どうか怒らないでやってね。綾姫の実力なんて、所詮こんなものなのよ。(そういう問題か?)
最後、優しい心で笑ってくださるとよろしいのですけれども。むにゃむにゃ。

≪追記≫
素敵な挿絵をかやさんにいただきました!!かやさん、ありがとうございます!(>▽<)


エリー街の本屋へ戻る