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 ある騎士の恋


「はあ〜・・・」
エリーは何度目かしれないため息をついた。
とぼとぼと足取りも重く、職人通りを自分の工房へ向かう。
振り向くと、町並みの間からアカデミーの屋根が見えた。

「イングリド先生、怒ってたな・・・」
今年のアカデミーコンテストは、上位の成績をとるつもりで頑張った。一生懸命勉強したし、人一倍努力して、調合の経験も積んだ。
調合試験と基礎知識試験は満点に近い成績だったと思う。でも、順調だったのはそこまでだった。
その後の基礎魔力試験。中身を壊さずにたるを壊すという試験だったのだが、中身までこっぱみじんにしてしまったのである。しかもよりにもよって、エリーが壊したのはイングリド先生の私物が入ったたるだった。

「どうして失敗したのかな。たるの強度の計算を間違えちゃったのかな。それにしても、試験に真剣に臨んで欲しいからって、自分の大事なもの入れるなんて・・・いくらなんでもやりすぎだと思うんだけどなあ」
やがて、自分の工房が見えてくる。エリーは今朝、意気揚々と出て行ったドアを力なく押し開けた。
雇っている妖精も全員採取に出かけ、静まり返った工房には何の気配もない。薄暗い室内を見渡すと、ますます気が滅入ってくる。エリーは荷物を置いて椅子に座りかけたが、思い直して立ち上がった。
「木登りしよう」
うん、と自分でうなずいて、工房を出てゆく。

ロブソン村にいたときから、エリーは木登りが好きだった。
高い場所で、葉を茂らせた枝に囲まれていると心が安らぐ。叱られて落ち込んだときなど、よく登っていたものだ。
ザールブルグに来てからも、癒されたくなると決まって木登りをする。人気のない外門近くの空き地の木が、枝ぶりもよくお気に入りの場所だ。

あたりに人がいないのを確かめて、エリーは木によじ登った。
がっしりとした枝のひとつに腰を落ち着け、夕方の心地よい風に吹かれる。さわさわという葉ずれの音が、耳に心地よい。
主幹によりかかってぼんやりしていると、渦を巻いていた感情も徐々に静まってくる。

物思いにふけっていたエリーは、ふと足元の気配に気づいた。

がちゃがちゃと金属の触れ合う音がする。誰か、鎧を纏った人間が駆けてくるらしい。
見下ろすと、青い鎧が視界に入った。ザールブルグを護る騎士隊の中でも最高ランクに位置する、聖騎士の鎧。一瞬、褐色の髪にりりしい眉の知り合いの姿を思い浮かべたが、続いて目に入った頭部には金の髪がなびき、華やかで端整な顔立ちを縁取っていた。
聖騎士の青年は、スピードをゆるめると、エリーが上っている木に歩み寄り、幹に額を押し付けた。
(え?!)
青年の肩が震え、押し殺したようにしのび泣く声が漏れる。
(ど、どうしよう・・・)
こんな場面、見るほうも見られたほうもお互いに知れては気まずい。とりわけ、相手は聖騎士である。気まずさは一般人の比ではないだろう。
エリーは下を覗き込んだそのままの姿勢で動けなくなった。下手に動いては、気づかれてしまうかもしれないからだ。
(私は木・・・木の一部・・・)
無心になろうと努めていたエリーだったが、肩口から、風に吹かれて帽子の帯が垂れ下がってきた。
(あっ・・・)
帯の重みはわずかだが、その小さな勢いが傾けた頭の上に乗った帽子をさらおうとする。
(お、落ちる・・・!)
慌てて少し首を起こしたが、それも逆効果になり、輪型の帽子はエリーの頭から転がり落ちた。
「あっ」
思わず小さな悲鳴を上げ、帽子に手を伸ばす。
金髪の騎士ははっと顔を上げ、反射的に落ちてきたものを振り払った。はじけとんだ帽子に身をすくめたエリーはバランスを崩し、慌てて枝を掴んだものの、上半身はぐるりと半回転する。
「きゃー!!」
逆さにぶら下がる形になったエリーは情けない悲鳴を上げた。
「た、助けて・・・!」
騎士は突如降ってわいた緊急事態に、気まずさを感じるひまもなかったのだろう。励ましの言葉をかけながら、エリーに向かって腕を差し出した。
「大丈夫、そのまま手を離して。僕が受け止めるから」
「でも・・・あっ!」
決心する間もなく手が滑り、エリーはまっさかさまに落下した。目を閉じて、襲う衝撃を覚悟する。
が、想像したよりずっと弱い衝撃で目を開けると、景色がぐるりと回り、一瞬後には呆然と空を見ていた。
「大丈夫?」
はっと我に返ったエリーは、はじめて背中から肩にかけてとひざの裏に回された腕の感触を意識した。 逆さまに落ちたエリーの背中に手のひらを当てて横に流し、仰向けに抱きとめたらしい。さすがに聖騎士、凡人とはかけ離れた手際だ。
しかし、その鮮やかさとは裏腹に、覗き込んだ表情は頼りなげに優しく、瞳は涙の名残で濡れていた。
「ケガはない?」
「あ、はい、大丈夫です・・・」
「良かった」
金髪の騎士はエリーを立たせると、そこで思い出したように「あ」と小さくつぶやいて涙を拭い、きまり悪そうに顔を赤らめた。
「変なとこ、見られちゃったね」
「ご・・・ごめんなさい!」
エリーが顔を真っ赤にして頭を下げると、騎士は慌てたように手を振った。
「ううん、君は先客なんだから、気づかなかった僕が悪いんだよ」
「でも、普通、木の上に誰かいるなんて思いませんよね。その上、助けてもらっちゃって・・・」
「それは気にしないで。市民を守るのは騎士隊の務めなんだから」
金髪の騎士は、わずかに微笑んだ。
「君は悪くない。務めを忘れて、あさましい悩みで泣いたりする僕が悪いんだ・・・」
「あさましい悩みって・・・?」
思わず聞き返して、エリーはしまった、と口を押さえた。だが、騎士はさほど気にした様子もなく、遠くを見る目でつぶやいた。
「・・・聞いてもらったら、少しは楽になるのかな」
瞳が、悩ましげに思いつめる色を帯び、エリーははっと息を呑んだ。
その一瞬後に、苦しむ相手に対し、失礼だと恥じた。そんな表情を、きれいだと思うなんて。
「報われない恋の、悩みだよ」
続いた言葉が、ちくりと胸を刺した。エリーは戸惑いながら、でもどこかで納得しながら顔を上げた。
「報われないって・・・相手に恋人がいるとか?」
「そういうわけじゃないんだけど。高嶺の花だし、僕はあの人の好みじゃないっていうか・・・」
「本人がそう言ったんですか?」
「言われたわけじゃないけど、最近避けられてるみたいだし」
「・・・そんなの、おかしいですよ」
煮え切らない態度がもどかしく、エリーは少し声を荒げた。
「憶測に過ぎないじゃないですか。もっと自信をもってください。聖騎士なんて、並大抵の努力でなれるものじゃないんでしょう?その試練を乗り越えたあなたに、人間的魅力がないわけないじゃないですか」
「そう・・・かな・・・」
「そうですよ!」
エリーは自分でその声の大きさに驚いた。ちょっと、力を入れすぎたかもしれない。息を飲み込んで、声のトーンを落とす。
「・・・そんなに、泣くほど好きなのに、簡単に諦めたりしちゃだめです」
「でもどうしても報われないとしたら?」
「報われなくても、相手にとってかけがえのない存在になることはできるんじゃないでしょうか。報われようと焦るより、相手のことを本当に想って支えるなら、いつか、あなたの大切さに気づいてもらえるかもしれませんよ」
どうしてこんなに真剣に励ましているんだろう。落ち込む人を放っておけずに干渉しすぎるのは、悪い癖だ。わかってるんだけど・・・
「あの、私、職人通りで錬金術の工房を開いてるんです」
「え?」
騎士は、突然変わった話題に戸惑いの表情を浮かべた。
「“エリーのアトリエ”っていうお店です。赤い屋根の建物だから、わかりやすいと思います。3日後に、そこに来てください。渡したいものがあるんです」
エリーは、にっこり微笑んだ。


3日後。
遠慮がちにノックされた扉を開けて迎えると、待ち人はものめずらしそうな面持ちで工房を見回した。
「ここが、君の店?」
「はい、そうです」
「へえ・・・なんだか珍しいものがたくさんあるね」
金髪の騎士は工房の奥でぱたぱたと走り回っている妖精に目をとめた。
「子供も働いてるの?」
「いえ、あれは森から働きに来ている妖精さんなんです。実はあれでも、私よりずっと年上なんですよ」
「あれが妖精か。はじめて見たよ、かわいいなあ」
顔をほころばせる金髪の騎士に、エリーもほのぼのとした気持ちになった。
「よかったら、ゆっくりしていってください。お茶を淹れますから」
「あ・・・ごめんね、仕事を抜けて来てるから、あまりゆっくりはできないんだ」
「そうなんですか・・・」
残念だが、仕方がない。エリーは、用意していた小さな包みを差し出した。
「お渡ししたかったのは、これです」
「ありがとう。・・・何かな?」
騎士は包みを開けて、中身を取り出した。美しく精巧な細工を施された金のロケット。トップ部分の飾りの真ん中は小さな蓋になっており、そっと開くと、そこに小さな紙程度のものをはめ込むことのできるくぼみがある。
「わあ・・・こんな立派なもの、もらってもいいの?」
「この間、助けていただいたお礼です。そのロケットは、肖像画を入れて身に着けておくと、その肖像画の相手と仲良くなれるっていうお守りなんです」
「・・・!」
騎士の頬が上気した。
「本当に?」
「効果はわずかなものかもしれませんけど、きっとあなたの努力を後押ししてくれると思います」
「・・・ありがとう!」
金髪の騎士は目を潤ませて、エリーの手を握った。
「本当はあのとき、こんなに苦しいのなら、もう諦めて故郷に帰ろうと思っていたんだ。でも・・・そうだよね。君の言う通り、恋が報われなくたって、僕はあの人の役に立って、かけがえのない存在になることができるんだ。僕・・・これからも頑張る勇気が湧いてきたよ。本当にありがとう」
いつしか彼に好意を抱くようになっていたのだろうか、エリーは心のどこかに一抹の淋しさを覚えていた。でも、そう。私は、誰かのこんな顔が見たくて、錬金術をやってるんだ・・・。
エリーは満面の笑みで応えた。
「頑張ってください!」

有名になったり一番になったりすることじゃなくて、誰かの役に立って、喜んでもらうこと。それが私の目標だったはず。

コンテストで失敗したのも、それを忘れていたからかもしれない。
たるを壊すとき、一番になりたいあまり、なるべく少ない数の爆弾でやり遂げようとがむしゃらになっていた。計算だけに頼り、試験のことしか頭になかった。
中身のことを大事に思っていたら、もっと慎重になったはず。そういう真摯な気持ちが欠けていたのかもしれない。
イングリド先生にはもう一度ちゃんと謝って・・・お詫びの品も用意して。
最近、採取は妖精さんまかせで工房に篭ってばかりいたけど、もっと外に出て、自分の手で材料を集めて、色んな人と触れ合ってみよう。

「よーし、頑張るぞ!」
金髪の騎士の後ろ姿を見送ったエリーは、すがすがしい気持ちで空を見上げた。

Fin.


 〜 後日談 〜 ※注:爽やかなラストをぶち壊されたくない方は読み飛ばしましょう。

翌年。
あれから調合に冒険に忙しいながらも充実した日々を送っていたエリーは、ひょんなことからザールブルグの王子と知り合い、城の通行許可証を手に入れた。
立て込んでいた依頼を片付けた後、エリーは城を訪ねてみることにした。
「お城の中って、どうなってるのかな」
門番をしていたダグラスに許可証を見せびらかし、エリーはわくわくしながら城内に入って行った。
もしかしたら、あの金髪の騎士に会えるかもしれない。そんな淡い期待も胸に秘めつつ。

(・・・いた!)
ものものしい雰囲気の謁見室に入ると、果たして、両側に並んで警護している面々の中に、あの懐かしい顔があった。胸元に、エリーが贈ったロケットの鎖が見える。
いかめしい顔つきの騎士の中で、彼だけは優しい表情で微笑んでいた。潤んだように輝く目も、あの日のままである。
エリーがいそいそと近づいて声をかけようとしたそのとき、ふいに彼の口から熱いつぶやきが漏れた。
エンデルク様・・・
「は?」
エリーは意表を突かれて、ぽかんと口をあけた。その声で我に返ったのか、金髪の騎士がエリーを振り向く。
「あ、ああ、君か!久しぶり」
彼はエリーをちゃんと見覚えていたらしく、すぐに顔をほころばせた。
「あのときはありがとう。お守り、役に立ったよ。こうして、エンデルク様に近い部署で働けるようになったし」
「エンデルク・・・様・・・?」
「これからももっと近づけるように、頑張るよ」
彼は首元のロケットの鎖をちょっと持ち上げると、エリーに向かってウインクした。
「・・・・・・。」
「あっ、エンデルク様だ。ああ・・・今日もなんて逞しくて凛々しいんだろう」
エンデルクを見かけた彼は、もうエリーなど眼中にない様子でうっとりと頬を上気させつつ、ハートに縁取られた視線を投げた。

 まさか。
 そんな。
 嘘でしょう?

 彼の恋の相手が・・・・・・ エ ン デ ル ク 様 だったなんて。
 その恋を 力 い っ ぱ い 応 援 してたなんて。
 しかも、そんな彼に と き め い て い た なんて。

 誰か・・・嘘だと・・・言って・・・。

「おい・・・どうしたんだよ?」
ダグラスが心配して声をかけるほど、城内から出てきたエリーの顔色は沈んでいた。
「ダグラス・・・」
「何かあったのか?」
「・・・世の中には、知らないほうがいいことってあるんだね・・・」
「は?なんだよ、それ」
「放っておいて・・・ちょっと今、ヴィラント山をふっとばしたい気分なの
「なっ・・・おい、しっかりしろ、エリー!」

数日後のアカデミーコンテスト。
エリーは去年にも増す勢いでたるをこっぱみじんにしたとか。
それは今年もイングリド先生のたるだったとか。
その後。
以前にも増して冒険に没頭し、カスターニェで海竜を倒したとか。
年末の武闘大会でエンデルクを倒してしまったとか。

乙女心の傷は、深かったようである。

TrueFin.


≪あとがき≫
130000hitリクエストでいただいたお題は、「アレな騎士さんに片想いするエリー」でした。
ネタをいただいた瞬間大爆笑。個人的には面白いと思ったのですが、書きはじめてみると思った以上に苦戦しました。さて、いかがでしたでしょうか。
実は、クラマリをからませたネタで途中まで書いていたのですが、思うようにまとまらず長編になりかけた上、PCの故障でデータを失ってしまったので、シンプルに仕切りなおして、このような形になりました。ラストは真面目なまま、彼の正体をぼかしたままで落としちゃおうかとも思ったんですが、やっぱりそのままにはできませんでした(^_^;随分とぶちこわしですが・・・あのままじゃアレさんな気がしませんしねえ(笑)
アトリエ小説を書くのは本当に久しぶりで、楽しい反面ブランクにあわあわしました。前作からはなんと、約10万ほどカウンタが回ってるんですね〜。自分でもびっくりでした。ええと・・・2年半ぶり・・・?(汗)
そういう意味でも、書けてよかったです。リクエストくださったかぶらさん、どうもありがとうございました!


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