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夏の日の覚醒

それは、突然だったんだ。

その日は暑くて、クーラーのきいた図書室は、本を読むために来た訳ではない生徒であふれ返っていた。 いつもはイクシーさんがにらみを利かせているのだが、彼女が夏風邪をこじらせてからずっと、こんな調子だ。
僕は少々不愉快な気分で図書室を後にした。
階段を下りたところにある自動販売機の前で、ダグラスが大騒ぎをしていた。 エリーがその隣で笑っている。バイト先が一緒だからということもあるだろうが、この二人は、最近妙に仲がいい。
「うおお!!コーラ出すつもりだったのに、ポカリ出しちまった!!」
「あはははは、ダグラスのおっちょこちょい。だからいつもディオさんに叱られるんだよ」
「店一番のドジに言われたかないね。ううう、しっかし俺、今すっげー炭酸!って気分なんだよなー・・・」
「もう一本買えば?」
「そんなもったいないことできるか!俺の小遣いはすべて、俺が汗水たらして稼いだもんなんだ。それに今日は手持ちが足りねえしな」
「うわ、びんぼー!」
ダグラスが、エリーをぶつまねをした。それを笑ってかわしたエリーが、僕に気づいた。
「あっ、ノルディス!助けて、ダグラスがいじめるんだよお」
駆け寄って、僕の腕をとった。しかし顔は嬉しそうに笑っている。
「うそを言うな、俺がいじめられてたんだ。・・・おお、そうだノルディス! お前、ジュース買いに来たんだろ?ポカリが飲みたいって顔してるぞ、そうだろ?ポカリだろポカリ」
肩に手をかけて詰め寄る。大方、僕に間違えて出した分を買い取らせようという腹づもりだろう。
「そんなにコーラが飲みたいのか・・・。別にいいけど」
僕はポケットから財布を出した。
「さすが、ノルディス!一を聞いて十を知る。学年トップは違うねえ」
ダグラスはほくほく顔で小銭を受け取り、取り出し口に入ったままだった缶ジュースを出して、僕に手渡した。
「せこいなあ、ダグラス」
エリーはあきれ顔だ。
・・・受け取ったスポーツドリンクは、僕にはポカリではなくアクエリに見えるのだが、そういう細かいことを言うのはよそう。
「そういえば、エリー。アイゼルは一緒じゃないの?」
「ううん。本読むって言ってた。用事?」
「いや、別に。大抵エリーと一緒にいるから、今日は違うのかと思って」
「私たちだって始終くっついてる訳じゃないよ。今日は、アイゼルは『ひとりの気分』なの。そういうときは、ちゃんとわたしも尊重してあげるんだよ」
「なるほど。じゃあ、心配する必要はなかった訳だ」
「心配したの?ケンカでもしたと思った?」
エリーは明るく笑った。
・・・本当のところを言うと、ダグラスとエリーの仲がいいので、アイゼルがおいてけぼりをくったんじゃないかと危惧したのだが、それも言わないでおこう。
二人でそんなことはないと言って、わあわあ騒ぐに決まってるからね。


缶ジュースを手に渡り廊下を歩いていると、中庭のベンチに座って本を読んでいるアイゼルが目に入った。 木陰だが、暑いので他には誰もいない。アイゼルも、涼しさより落ち着ける環境を選んだのだろう。 時々、膝の上にのせたハンカチを手にとって、額を押さえている。
アイゼルはこちらにはまるで気づかず、熱心に本を読みふけっていた。 あれは、僕が貸した本だ。気に入った作品だったので薦めたのだが、僕の好きなものにあんなに熱中してくれている姿を見ると、僕も嬉しい。
声をかけるのもためらわれたので、そのまま通り過ぎようとしたとき、アイゼルが深いため息をついた。
心に感じるものがあったのだろう。少し悩ましげな、尾を引くため息だった。
アイゼルは、本を開いたままぎゅっと胸に抱きしめた。
僕の本を。
本の内容に感動したに違いない、それはわかっている。しかし、僕が手垢をつけた本が彼女の胸に抱かれているのが、妙に気恥ずかしい。 にわかに顔が紅潮するのを感じて、僕は戸惑った。
アイゼルは、少し潤んだ目で、再び本に目を落とした。その様子が変に艶っぽく、ますます僕を戸惑わせる。彼女はとても無防備に、本の世界へのめりこんでいた。
我に返った僕の目に、向こうから中庭を突っ切ってくる男子生徒の集団が映った。
僕は、男子生徒たちがアイゼルに気づくより前に、足早にアイゼルに近づくと、やおら手にもっていた缶ジュースを彼女のほほに押し当てた。
「きゃっ!」


挿絵:綾姫

冷たさに飛び上がったアイゼルは、驚いて顔をあげた。
「ノ、ノルディス!いやだ、びっくりするじゃない」
彼女はいつもの顔で僕に笑いかけた。
しかし、僕は自分の行動に戸惑っていた。こんなこと、するつもりじゃなかったのに。
茫然としている僕のそばを、男子生徒たちがしゃべりながら通り過ぎて行った。
「どうしたの?」
「あ、いや・・・これ、飲む?」
「いいの?ありがとう」
なんだか、間の抜けた会話だった。


今思うと、あのとき僕を動かしたのは独占欲、だったと思う。
無防備な彼女を、他の男の目にさらしたくない。
なぜ、そんな欲をもってしまったのか・・・。
答えは、ひとつしかなかった。
僕が君を、好きだということ。
君が返してくれた本が・・・君が胸に抱いた本が、今僕のかたわらにある。
今夜は眠れそうにないよ、アイゼル。
君はきっと夢の中まで、僕を追いかけてくるだろう。

Fin.


≪あとがき≫
思春期暴走第2弾!(笑) 今回はノルディスくんです。
「少年」が好きなもんで、書いてて幸せでした・・・。(おいおい)
ダグラスがジュースの名前を勘違いしているエピソードは、はじめありませんでした。
でも、コーラと同じ自販機なら、普通アクエリなのでは?という自分への突っ込みから、 自然に生まれてしまいました。
でもそれがあまりにダグラスらしくて、なんかダグラスに書かされた気がしました。(笑)
小説を書いているとちょくちょくこういうことがあって、面白いです。
稚拙な文章ですが、もし、楽しんでいただけたのでしたら幸いです。(^-^)

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