・・・小学生の時には憧れてたっけ。
「学校に行こう」と誘いに来る友達。連れ立って歩く道。
あなたが初めてだったの、エリー。だからちょっとだけ、感謝してる。
でも、そろそろ大人にならなきゃね。
「エリー、また寝癖がついてるわよ」
「えっ、うそ!」
「うちに来る前に、もう少し鏡を見る時間を取ったら?女の子なんだから」
アイゼルはカバンから携帯用のムースを出して少し手にとり、エリーの髪を撫でつけた。
「アイゼルは、女の子だねえ」
「あなたは無頓着すぎるのよ。恋でもすれば少しは変わるんでしょうけれど」
「アイゼルは、恋してるの?」
「えっ・・・それは・・・」
頬が熱くなった。・・・駄目駄目、平静に平静に。
「この年で初恋もまだっていうほうが、おかしいんじゃないかしら」
我ながら、上手い切り返し。しかしエリーは思った方向にそれてはくれなかった。
「ふーん、そっかあ。アイゼルはもう、好きな人いるんだー。・・・ね、誰誰?」
興味津々の色を瞳に浮かべて、こちらをのぞき込んでくる。
見込み違いだったわ。この手の話題には、全く関心がないと思っていたのに。
「そ、そんなのどうだって・・」
キッ、というブレーキの音がアイゼルの言葉をさえぎった。
「やあ、二人ともおはよう!」
背後から突然、耳が最も慕うさわやかな声。その瞬間、アイゼルは、心臓がのどから飛び出すんじゃないかと本気で考えた。
「あ。おはようノルディス。いい天気だね!」
のほほんとしたエリーの声が遠くに聞こえてしまうほど、自分の心臓の音がうるさい。
こ・・・このタイミングでふいうちなんて卑怯よ!ただでさえ久しぶりで、会えば舞い上がるのは目に見えていたのに。
「あのね今ね、アイゼルの好・・・」
「ちょっとエリー何を言ってるのこのお馬鹿さん!!ノ・・・お、男の子にする話じゃないでしょう!!」
「えー、そうかなあ。ノルディスでもだめ?おんなじ科学研究部の、友達じゃない」
なんっっって鈍い子なの!わたしが好きなのはその、ノルディスなのよ!
・・・と、怒鳴ってしまえたらどんなに気持ちがいいだろう。
熱くてたまらない。嫌だわ、せっかく久しぶりに会うから気合入れておしゃれしたのに、顔が真っ赤じゃ台無しじゃないの!
「だめだよエリー、アイゼルが困ってるよ。それに僕も困るよ、ふつう男の子が聞かないような話聞かされても」
ノルディスをちらりと見ると、彼も自転車にまたがったまま、所在なさそうなそぶりで顔を赤らめている。何を想像したんだろう。
とにかく、この空気を変えるのよ!きりっとさわやかな笑顔で、知的な話題を!
・・・でも、ああ駄目だ、きっと今のわたし、いやらしくにたにた笑ってる。だって、目が確認してしまうんですもの。あなたの姿は、わたしを幸せにしてしまう。
やっぱり、やっぱり、やっぱり、大好き。ほかのむさくるしいクラスメートと違って、いつもさわやかだし、知性に溢れてて礼儀正しいし、優しいし・・・
「ねえ、アイゼル。・・・アイゼル?」
はっ。
エリーの声で我に返る。あんまり久々なものだから、つい恋心が暴走してしまったらしい。
「こっち向いてよ。怒ってるの?ごめんね」
エリーの情けない顔を見ているうちに、やっと自分が戻ってきた。
「別に、怒っている訳じゃないわ。馬鹿ね、そんな泣きそうな声だすほどのことじゃないでしょう」
なんの気負いもなく慕ってくるエリーは、友達としてとてもかわいい。
そういうところが好きだけど、同時に嫉妬も感じる。
わたしも、こんな風に、素直に好意を示せる女の子だったら・・・。
ふと、ノルディスを見る。
ノルディスは、どう思っているんだろう。
知りたい。その目の奥の奥を、のぞければいいのに。
アイゼルは頭をふった。それは、現実的でない思考。ムダな願望よ。
「でも、うれしいね!今年はみんな、おんなじクラスだよ!」
エリーはちょっとはしゃいで言った。
そう、登校日のクラス替えは、これまでで一番緊張した。
これまでで一番、強い願いがあったから。そしてそれは、ムダな願望ではなかった。
「うん、よかったよね。僕、アイゼルと一緒のクラスになるのは初めてだよ」
「そういえば、そうよね。部活では毎日顔を合わせていたけれど」
穏やかな口調とは裏腹に、心では花が咲き狂っている。今日からは、ノルディスと同じクラス!なのだ。
「ね、お祝いしようよ!今日の帰り、3人でお花見しよっ!うちの近くの公園の桜、きれいなんだよ〜」
「あなた、いつも唐突ね。別にわたしはかまわないけれど・・・ノルディスは?」
「いいね、行こうよ。僕今年、花見してないんだ」
ノルディスとお花見!
いい提案だわ、エリー。誉めてあげる。
桜の下にたたずむノルディス。・・・・・・・素敵に決まってるじゃない!
放課後訪れた公園は、ブランコとシーソーだけの質素な公園だったが、そこに咲き誇る桜は見事なものだった。
満開は過ぎ、散り際というところか。しかし、風が吹くたび舞う花びらに囲まれるのは幻想的で、心洗われる体験だ。
「綺麗・・・」
アイゼルは桜の木に歩み寄り、その幹に手をかけた。桜としては、結構な大木だ。
「わー、アイゼル、桜の国のお姫様みたい」
「エリー・・・何幼稚なこと言ってるのよ」
「だってだってー。ねえ、ノルディスもそう思わない?」
「うん、アイゼルにはピンクが似合うよね」
「・・・ありがとう」
嬉しいけれど、歯切れが良すぎるわ、ノルディス。ここで照れたら、期待しちゃうのにな。
「二人とも、ここでちょっと待ってて。急いでうちに帰って、カメラとお菓子もってくるね!」
そう言って、エリーは跳ねるように駆けて行った。アイゼルはなにげなく見送った後、はっとしてあたりを見回す。
新学期なので、今日はお昼までだった。この時間、子供を遊ばせる人は少ないらしい。
だれもいない・・・。
つまり、ノルディスと二人きり。
ノルディスは脇のほうに自転車を止め、桜の木にもたれかかっているアイゼルの方へ近づいてきた。
「こんなに綺麗だったら、途中でオニギリでも買って、ここでお昼にすれば良かったね」
「そうね」
「アイゼルは今年、お花見したの?」
「いいえ、わたしも今年初めてよ。なんだか余裕がなくて」
「春休みの課題、多かったからね」
ノルディスは、アイゼルの隣にもたれかかった。
その肩に、はらはらと桜の花びらが降りかかる。
アイゼルは、こっそりとため息をついた。
今の時間、このノルディスを独り占めできるなんて。きっと、わたしより幸せな女の子なんて、どこを探したっていない。
桜の花びらは、途切れることなく降り注ぐ。まるで、散り急いでいるかのように。
アイゼルはその中のひとひらを、手のひらで受け止めた。
隣を見ると、ノルディスも手を出して、舞い散る花びらを見上げている。
・・・大好きよ、ノルディス。今はまだ、伝えられないけれど。
アイゼルは、花びらにそっとキスをして、それを脇に抱えているノルディスのカバンに滑り込ませた。
ちょっとした、おまじないのつもりで。
「お待たせ〜!」
顔を上げると、満面笑顔のエリーが駆けてくる。両手にいっぱいのお菓子を抱えて。
「エリーったら・・・あれ、全部食べるつもりかしら?」
「お昼ご飯、いらないね」
アイゼルとノルディスは、顔を見合わせてくすりと笑った。
その日の夜。
ノルディスは机の前に座り、カバンからペンケースを取り出した。
明日から、実力テストだ。
ペンケースを開けようとして、ノルディスの手が止まった。
ペンケースに、桜の花びらがくっついている。
「こんなところにまで入り込んでたのか・・・すごい散り方だったからなあ」
ノルディスはその花びらを手に取った。
「・・・あれ?」
ふわりとただよった香りに、思わず鼻を近づける。
「なんだかこれ、いちごの香りがするなあ」
そのとき。
独り言をつぶやいたノルディスの上唇が偶然、その花弁に触れた・・・かどうかは。
いちごの香りの、桜の花びらだけが知っている。
≪あとがき≫
・・・はい、終わりです。いかがでしたでしょうか。
アイゼル、思いっきり乙女チックしてます。思春期暴走!(笑)
最後のシーン、理解できましたか?
・ペンケースにくっついていた花びらは、アイゼルがノルディスのカバンに入れたもの。
・桜の花びらからいちごの香りがしたのは、アイゼルのリップクリームがいちごの香りだから。
というわけで、最後のシーンは
<ノルディスはアイゼルと間接キスしちゃったかも?!>
というシーンなんです。(わあお!)
でも知ってるのは当の桜の花びらだけ、ということにしてお茶を濁しました。
あなたはどちらだと思いますか?
邪道な作品ですが、感想でもいただけると嬉しいです。