ケントニス・アカデミー。
研究室を兼ねた研究員専用寮の一室のドアが、勢いよく叩かれた。
研究書に目を注いでいたクライスは、顔を上げて眼鏡を直した。
「・・・この忙しない叩き方は、あの人ですね」
立ち上がってドアを開けると、案の定、マリーだった。
マリーこと、マルローネとはザールブルグ・アカデミー時代からの腐れ縁である。
この「爆弾娘」の異名をとった金髪に青い目の娘は、事あるごとに問題を起こしては周囲を巻き込む劣等生だったが、
遅咲きの花としてめきめきと頭角を現し、いつのまにか錬金術師として一目置かれる存在になっていた。
・・・しかし、「事あるごとに問題を起こす」点は全く改善されていない、というのがクライスの意見である。
「マルローネさん、ドアを壊す気ですか。あいかわらず品のないノックですね」
「やっほう、クライス!」
もう慣れてしまったのか、少々の毒舌はなんのその。マリーはにこにこ顔でクライスの肩を叩いた。
「元気かね、んん?疲れてるみたいだねえ」
しばらく採取で研究室を留守にしていたため、顔を見るのは久しぶりだが、今日はやたらと機嫌がいい。
「そんなキミに!じゃーん!!」
マリーはクライスの目の前に、小瓶を差し出した。中には黄色っぽい液体が揺らめいている。
「何ですか、これは」
「新作の栄養剤だよ!」
「栄養剤・・・最近真面目に取り組んでいると思っていたら、あなたが熱心に研究していたのは、そんなものだったんですか」
「そんなものって、これ、すごいのよ。普通の栄養剤とはわけが違うんだから!ほら、これあげるから、試してみて」
「嫌ですよ。そんな怪しい代物は飲みたくありません」
「そんなこと言わないでよー。あたし、クライスに飲んでもらおうと思って、一生懸命作ったんだよ!」
「余計なでまかせを並べてないで、実験台なら他を当たりなさい。わたしは忙しいんです」
「ひどい・・・!」
マリーは唇を噛み、瞳をうるませた。
「クライスのために作ったのに。クライスに飲んで欲しくて、一生懸命作ったのに・・・!」
そう言って、マリーが悔しそうに涙をこぼすので、クライスは驚いた。嘘ではなく、本当に泣いているらしい。
「う・・・がんばったのにいぃ」
そうやってドアの前で泣かれると、さすがのクライスも困る。
「・・・わかりましたよ。飲めばいいんでしょう」
「え・・・ほんとに?」
「そのかわり、安全は保障してもらえるんでしょうね」
「うん、もちろん!」
マリーは涙を拭いて笑顔になり、クライスに薬瓶を手渡した。
「はい、一気にぐいっと!」
クライスは面倒になって、煽られるまま薬を飲み干した。
「・・・・・」
「どう?」
「不味くはありませんが、それほど効くような気もしませんね」
「効果は多分、明日になったらハッキリわかるわ。若返って、元気になるわよ〜!」
「別に、あなたと違って若返る必要のある年でもありませんけどね」
「ちょっとそれ、レディに言っていい言葉じゃないわよ!」
「大丈夫です。レディには言いませんから」
「むっかー!かわいくなーい!」
「あなたにかわいいと言ってもらう必要もありませんね。さあ、これで用は済んだのでしょう。研究に戻らせてもらいます」
クライスはマリーに薬瓶を渡し、部屋の中に消えた。
それまでむくれていたマリーだったが、クライスの姿が消えると、にやっと頬を緩めた。
「うふふ・・・明日が楽しみ」
翌朝。
目を覚ましたクライスは、違和感を覚えた。
「・・・?」
なにか、おかしい気がする。
起き上がると、その違和感はさらに強まった。
景色が・・・低い。
はっと自分の体を見下ろして、クライスは驚愕した。
「な、なんですかこれは!」
出てきた自分の声にも驚く。甲高い、ボーイソプラノ。
目の前の腕は細く、小さく。
どう見ても・・・子供だ。それもせいぜい、5歳くらいの。
昨日の記憶がよみがえる。マリーは言った。「若返って、元気になる」と。
「そういうこと、ですか。不覚・・・!マルローネごときにはめられるとは」
クライスは頭を抱えて悔しがった。・・・と。
妙な感触がある。なんだ、これは。まさか・・・!
クライスは慌ててベッドから下り、椅子を持ってくると、部屋の鏡をのぞきこんだ。
「・・・・・!!」
クライスはあまりのショックに声も出ず、のけぞった。
なんと。
子供の姿になった上、ご丁寧にも頭にはにょっきり猫耳がふたつ、生えているではないか!
「な、な、な・・・」
これは・・・いつか、猫耳育毛剤をかけられた時と、同じ・・・
ココ、ンコン。
「ク〜ライス〜う、起きてる?」
その時、震えたノックと、笑いを押し殺したようなマリーの声が聞こえた。
クライスははっと我に返る。
ここで、動揺しているところを見せてはいけない。それでは、相手の思う壺だ。
どうせ、ただのいたずらだ。薬の効果は長続きしまい。ここは、いつものように冷静に対応しなければ。
ここはひとつ、何事もなかったかのように装って・・・。
クライスは急いで身じまいを正すと、ドアのところへ行った。 鍵がしっかりかけられていることを確認し、ドアの向こうへ声をかける。
「なんですか、こんな朝早くに。あなたには人の迷惑について考える思考回路が欠如しているようですね」
・・・しまった。声がボーイソプラノになっていることを忘れていた!
マリーはドアの向こうで、うまくいったとほくそえんでいることだろう。
「ク・・・クライス、ちょっと出てきて、くれない?」
案の定、声が嬉しそうに震えている。
「何を言ってるんですか。わたしはまだ着替えてもいないんですよ!」
「じゃあ、待ってるからさ〜」
「・・・・・」
とりあえず、無視することにした。
なだめたりすかしたりする声を尻目に、何とか服を見繕って着替え、淡々と調合の準備を進める。
材料を仕入れたばかりでよかった。一週間は外に出なくても、不足なく研究を進めることができる。
ドアの外が静かになった。
諦めたか、とほっとした、そのとき。
ズドオオオォーーーン!!
「!!」
クライスは爆風で尻もちをついた。
硝煙の中、部屋に乱入して来たのは、もちろん、「爆弾娘」マリー。
・・・甘かった!予測できたことだったのに、防備を怠っていた!!
子供になって、脳も少々退化してしまったらしい。しかし、後悔先に立たず。
クライスはマリーの大爆笑を覚悟しつつも、威厳だけは失うまいと立ち上がった。
挿絵提供:airaさん |
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思いっきり、それがなんだと、さげすみの目で見返してやるのだ。
こんなくだらないものを作るために、貴重な材料や無駄な労力を費やしたことを後悔させてやる。
・・・ところが。
「いやあああん、うそおっ、か、かわい―――っ!!!」
マリーはふらふらっとその場にへたりこんだ。
「こ・・・こんなに・・・やだ、想像以上・・・」
「周りの寮生に迷惑ではありませんか。寮だけでなく、アカデミー中に・・・」
「クライスジュニアってこんな感じなのかしら。ああん、欲しいーっ!」
・・・わたしの子供が欲しい??!
「んな、な、何を馬鹿なことを、あなたは」
そこでひるんだのがいけなかった。その隙を突かれて、気付いた時にはマリーの腕の中。
「や、やめなさい!!」
「はうう・・・もう、我ながらなんてナイスな薬を作ったのかしら」
「あ、あなたが小児愛主義者とは知りませんでしたよ!」
「みんなにも見せてあげなくちゃ!」
マリーはひょい、とクライスを抱きかかえた。
「は・・・放しなさい!!わたしを笑いものにする気ですか!!」
しかし、喜び勇んでいるマリーの耳には入らない。
「イクシー!見て見てえ!!」
マリーはアカデミーの売店に駆け寄り、眼鏡をかけた銀髪の女性の名を呼んだ。
「マリーさん、売店はまだ準備中ですし、アカデミー内でそのような大声は・・・」
そっけなく振り向いたイクシーは、マリーが目の前に差し出したクライスを見て絶句した。
この理知的な売店員の女性は、クライスを言い負かすことのできる数少ない人物のひとりである。
それだけに、弱みは絶対に見せられない、はずだったのに。
馬鹿にされる、と覚悟した途端、イクシーはよろけて後方の棚にぶつかった。
「な・・・なんですか、それ・・・」
口元を押さえ、顔は真っ赤になっている。こんなに動揺した彼女を見たのは初めてだ。
いつかひるむ姿を見たいものだと思っていたが、こういう形で実現することになろうとは・・・!
「・・・か、わいい」
しかも、彼女のセリフとは思えないセリフを聞いてしまった。
「でしょう?!超絶にらぶりーでしょ?!」
女って、一体・・・。
その後もクライスはあちこち連れ回され、黄色い悲鳴を浴びせられ、一時、ケントニス・アカデミーは大パニックに陥った。
もちろん、マリーは校長にこっぴどく叱られ、ペナルティーを科せられたのだが、それも覚悟の上でやったことらしい。
まったく気にした様子はなく、罰仕事に追われながらも終始幸せそうににやついていた。
その怒涛のような一週間が過ぎた後、やっと薬の効力が切れ、クライスは無事、元の姿に戻ったのだが・・・。
それ以来、女生徒達の異様な視線がクライスにつきまとう。
隙あらば、薬をもられそうな気配である。お陰で気の休まるときがない。
全く、マルローネといるとろくなことがない。そう、全てはあの問題児のくだらない陰謀のせいだ。
こうなったら、同じ目に遭わせて・・・今度はしっぽもつけてやる。
あの娘をきゅるきゅるのロリロリの猫耳にして・・・!
・・・いえ、わたしにはそういう趣味はありませんよ。
これは、純粋なリベンジです。そう、錬金術のライバルとしての。
あんながさつな能天気娘に馬鹿にされて、黙っているわたしではありません。
だからきゅるきゅるのロリロリの猫耳のしっぽつきの・・・!!
クライスの目に、異様な光が宿った。
それは、この薬の調合をを思いついた時の、マリーの目にも似ていた。
その後。
寝食を忘れ、部屋にこもりきりで調合を繰り返す、クライスの姿があった・・・。
≪あとがき≫
すごい材料・・・。でも、秘薬中の秘薬ですから。(笑)
≪追記≫
・・・やってしまいました。ごめんなさい。
airaさんのイラストに、壊されて書きました。
(イラストリンク小説ばっかり書いてるなあ、わたし・・・)
しかも○に様の小説(「マリーの禁断の秘術」)に内容がリンクしてるし。(というか、半分パクリ・・・)
でも、airaさんのクラマリ小説リクエストがなければ、この話は生まれなかったかもしれません。
イロイロ文句のある方もいらっしゃるかもしれませんが・・・わたし的には。
airaさん、○に様、どうもありがとう。(死)
秘薬【若返りの猫薬(びょうやく)】レシピ
ズユース草
2.0
竹(もちろん菌糸入り。笑)
3.0
祝福のワイン
1.0
ハチミツ
1.0
ドンケルハイト
1.0
ミスティカの葉
3.0
世界霊魂液
2.0
中和剤(緑)
2.0
使用器具・・・ガラス器具、乳鉢
上の3点を除くと、ただの若返りの薬になります。こっちが本来のマリーの研究だったようです。
しかしほんとにくだらないことに、貴重な材料を湯水のように・・・。
これを読んだairaさんから、挿絵をいただきました〜〜〜!!!
マリーと一緒に壊れてください!!わたしはマリーを凌いでぶっ壊れましたーっ!!