新年脚本風味企画
お題:初笑い


SE:街のざわめきの音


(ナレーション:エリーの声)
新年の最初の日の朝。ザールブルグはざわめきの中にいる。

カメラ、ささやかな晴れ着(といっても新しめな普段服)を着て挨拶をし合うザールブルグの住民を映し出す。

(ナレーション:エリーの声)
街中は新年の喜びに沸き、人々は初日の出を見た後、挨拶に出る人々もいる。

画面はそのまま街中を滑り、工房を映し出す。看板には「ATRIER MARIE&ERIE」の文字が彫られている。ドアには「本日休業」と書かれているプレートが下がっている。「本日休業」はマリーの字で書かれており、少しずれて傾いている。

(ナレーション:エリーの声)
けれど、私達は工房の中で遅くまでの朝寝を楽しみ、昼までごろごろとすることに決めていた。

BGM:只今お仕事中!(マリー)


カメラ、壁にそって上がる。二階の窓が少し空いており、カーテンがそよいでいる。さらに部屋のなかをズーム。二つ並べられたベッドの上でマリーとエリーが、ごろごろしながら、だらだら本を読んでいる。
真面目に本を読んでいた二人だが、突然マリーが前触れもなく笑い出す


マリー:わはははは、わははははっ、うわぁははははっ
エリー:うわあっ!突然どうしたんですか、マリーさん!

エリー、突然のことに驚き、仰け反って本を取り落とす。本はベッドの脇から転がり落ちて派手な音を立てる(ハードカバーなので)
マリー、しまった、という表情をする


マリー:あ、ごめんごめん

マリー、エリーに自分の読んでいた本のページを開いて、ある部分を指差して見せる。(その本は、とある有名な冒険家が、旅の一部始終と通りすがった国や街の風聞を記した本であった)削除
エリーは訝しげにその本を覗き込む。


エリー: えーっと?この街では、一年の最初に大笑いをする習慣がある。笑う理由やおかしいことがあってもなくてもよい。とりあえず大声でおおげさに笑うのだ。そうすることで、災いが逃げ、福が来ると信じられている…

エリー、苦笑する

エリー:それで早速やってみたわけですか

マリー、満足そうな顔で頷く。

マリー:うん。いい風習だと思わない?

エリー、泣く子とマリーには勝てぬと言った風に頷く。
マリー、それを見てちょっと不満そうな顔になる


BGM:ささやかな希望(エリー)

マリー: あたし思うんだけど、笑うってのは、本当にいいことだよ。暗い顔してたら、幸せなんて来ないもの。逆に、つらい時だって、一生懸命笑顔つくって、なんとかなるって思えば、本当になんとかなるものだよ。大きな声出して笑ったらさ、気持ちもいいし、体もあったまるし、それに何だか本当に楽しくなれるじゃない?

マリー、満面の笑みでエリーを見る。
エリー目線で、マリーの後ろにCGの初日の出と後光が見える。

マリー: だからあたしは、すっごくいい風習だと思ったんだ。やっぱり人間はね、笑顔が大事だよ!

エリー、感心してマリーを見る。目が輝いている(瞳の中に星のコンタクト)。尊敬の眼差しである。マリーも満足げに頷く。二人を明るい光が包む(CG)。

エリー:そうですね!マリーさんの言う通りです
マリー:じゃあ、二人で笑おう!あははははっ
エリー:はい、マリーさん。わっはははは!

BGM:OFF

二人の笑い声が工房中にこだまするなか、カメラは一階の扉を映し出す。

SE:トントン

工房の外、扉をノックする手が映る。まだ響き渡っている二人の笑い声。ノックした主がドアの前に立っている。足から煽りの角度で移す。顔は見えない。ノックした主が二階の窓を見上げる。笑い声がさらに甲高く響き渡る。

木鶏:テッペンカケタカ

木鶏が鳴く。その声は、二人の声に負けないように大きい。
エリーがはっと気づいて笑いやめる

エリー:マリーさん、お客です

木鶏: イヤミメガネー

木鶏がもう一度鳴く。マリーが露骨にイヤそうな顔をする。エリーが小さく溜め息をつく。

エリー:マリーさん、あの登録はなんとかなりませんか

マリー、無視して言う。

マリー: 大体賢人会に行った筈のヤツがなんでこんな新年のショッパナからザールブルグにいておまけに尋ねてくるのよ
エリー: 空飛ぶじゅうたんでひとッ飛びだからってザールブルグへの帰省を進めたのはマリーさんじゃないですか
マリー: そぉだったっけえ〜?

マリー、顔をしかめて、思い出せない、という風に首を傾げる。

エリー: 多分新年の挨拶ですよ。ほら、去年はクライスさんいませんでしたけど、ケントニスに行くまでは毎年いらっしゃってたじゃないですか。新年最初の日は挨拶回りをすることにしてるって。
マリー: そぉだったっけえ〜?

だるそうに起き上がってだらだらと扉へ向かうマリー。休んでいるところを邪魔されて不機嫌である。
エリーは不安そうな顔をする。エリーの顔のアップ。


(ナレーション:エリーの声)
なんだかその時いやな予感がしたのは、カンだったのか、それとも経験に基づくものだったのか…。

マリー:はーい

BGM:眼鏡が笑う(マリー)

画面変わって、ガチャリとドアを開けるマリー。いつもの皮肉っぽい笑顔を浮かべたクライスがいる。マリー、さらにイヤそうな顔になる。
後ろから、エリーが険悪になる前に、と声をかける。


エリー: いらっしゃい、クライスさん。あけましておめでとうございます

クライス、こほんと咳をして、改まった口調で言う。

クライス: あけましておめでとうございます。昨年中は本当にお世話になりまして
マリー: あけまして、おめでとお。

マリー、仏頂面で棒読みする。クライス、いまさら気にする風もなく、一つ頷く。

クライス: そういえば、さっき二階から変な笑い声がずっと聞こえていたのですが、あれはなんだったのですか?
エリー: 初笑いです
クライス: 初笑い?なんですか、それは
エリー: 風習…というか、何と言うか、縁起ものですね。新年に大笑いをすると、災いが逃げ、福が来るらしいです。
クライス: 風習…ですか?聞いたことがありませんが…どこの風習ですか?
エリー: えーと、どこでしょうか。どこですか、マリーさん?

エリー、マリーの方を振り向く。

マリー: 知らない。どこでもいいじゃない。良さそうだったからやってみる。それが人生ってもんじゃない?
エリー: いきなり人生を語らないでくださいよマリーさん…

マリー、突然何かを思いついて楽しそうな顔になる
そういう顔をする時は、何か企んでいる時なので、エリーとクライスは僅かに身構える

マリー: クライス、あんたも笑いなさい。大声で、腹から。
クライス: はあ?

訝しげな、いくぶんイヤそうな顔で聞き返すクライス。エリーはそうきたか、とクライスをちらりと見る。
クライスの大笑いを見てみたいため、期待が少し瞳に映っている。


マリー: あんたっていつも景気悪そうな顔してるじゃない。イヤミ〜っぽく笑うところしかあたし見たことないし。いい機会だから腹の底から思いっきり馬鹿笑いして見たら?少しは顔色も良くなるかもよ。
エリー: 馬鹿笑い…

エリー、クライスが馬鹿笑いするところを想像しようとして、想像できずに頭を振る。

クライス: 馬鹿馬鹿しい…

小馬鹿にしたような口調で、わざとらしく肩をすくめるクライス。

マリー: あんたは何でもそうやって馬鹿にするわよね。馬には乗ってみよ、人には添うてみよ、って知らない?何でもとりあえずやってみろ、って意味よ
エリー: マリーさん、違います。それはとりあえず結婚してみろ、って意味…。
マリー: 大意は変わらないわよ!

クライス、大仰に溜め息をつく。

クライス: …子供ですか、あなたは。もう30もとっくに過ぎて四捨五入したら40になるというのに、本当に落ち着きがないというか、常識がないというか。新年を機会に、もう少し大人になったらどうですか?
マリー: …!

SE:ギンッ(空気にヒビ割れの走る音)

ひえーっという顔で二人を見るエリー。

クライス: うわっ!何ですかあなたはいきなり!

突然クライスを扉の外に押し出して扉を閉めようとするマリーに慌てるクライスとエリー。

エリー: な、マリーさん?!
マリー: だって新年の挨拶は終わったでしょ?さよなら、さよおならっ!こんな気持ちのいい日にあんたと話なんかしたら気分悪くなっちゃう

エリー、暴れるマリーを懸命に取り押さえる。

エリー: マリーさん、ダメですよ!せっかく新年の挨拶に来てくれた人を叩き出すなんて、逆に縁起が悪いですよ!
マリー: …。
エリー: クライスさんも。年の始めなんですから、お手柔らかにお願いします。楽しく、笑顔で。
クライス: …はい。

クライス、エリーの静かだが有無を言わせない口調に、黙って神妙に頷く。

エリー: クライスさん、入って座ってください。今お茶入れてきますから。
マリー: あたしが入れてくる
エリー: え?
マリー: 頭、冷やしてくるっ!

マリー、エリーの腕を振り払うと、足音も荒く、台所へと向かう。
バタン、と台所のドアが閉まり、マリーの姿が消える
エリー、溜め息をついて、クライスに椅子を勧める。
クライス、従容として椅子に座る。


エリー: …クライスさんも、お願いですからもう少し言葉を選んでおっしゃってくださいね。
クライス: わかっているのですが…
エリー: できないのは、わかっていないのと一緒です

エリー、つんとした顔でぴしりと言い放ってから、さすがに言い過ぎたかと気になってクライスをちらりと見る。
クライス、目を伏せて笑う


クライス: わかってはいるのですが、こういう性分なもので
エリー: それは知ってますけど…。いつまでもそれでは、いつまでたっても同じですよ。クライスさんだっていい加減、若くないんですから

SE:グサッ

クライス、エリーの反撃に思わず仰け反る。





BGM:緋の印(マリー)

一方、台所。台所に向かっているマリーの背中が見える。
画面、一転してマリーの手元から煽りの角度でマリーの顔を映す。
マリーの顔に、影が出来ている。
お湯の沸くシュンシュンという音が不気味に響く。
ティーポットの蓋を開けて、ヤカンのお湯を注ぐ。コポコポという音がやけに大きく響く。
ティーポットを暫し見つめてから、それをお盆の上の三つのカップに注ぐ。
注ぎ終わると、お盆の横にある小瓶を掴む。

SE:チョロチョロチョロ…

液体のアップ。糸のようなとろりとした液体が、ゆっくりと一つのカップの中に注がれて行く
マリーの顔がもう一度煽りで映る。
にやり、と不気味に笑うマリー。

マリー: 見てなさい、クライス…

そのまま、暗転



BGM:にゃのにの(GBA)

工房のテーブル。クライスとエリーが座って、慎ましやかに話をしている。
そこに、お盆を両手で抱え、足でバターンと扉を開けたマリーが満面の笑みで入ってくる


マリー: はあ〜い、マリーさん特製のミスティカティーですよぉ?

マリーの妙なテンションに、エリーとクライス、顔をひきつらせて少し引き気味になる

エリー: マリーさん?
マリー: だぁいじょうぶよ。ちゃあんと頭は冷えたから、ね、クライスぅ? 
クライス: は、はあ?はあ…

クライス、突然奇妙な笑顔で詰め寄られて、目を白黒させる。
マリー、固まる二人を尻目に、いそいそとカップをそれぞれの前に置く。

BGM:OFF

SE:ドクン、ドクン、という心臓の音

以下、スローモーション

大写しになるクライスのカップ。クライス、カップに手を添える。
マリーの口元が笑みの形にゆっくりと持ち上がる。
クライス、そのまま、カップを持ち上げる。
エリーの不思議そうな顔が映る。
しかし、クライスのカップは、唇に着く前に止まる。
スローモーション終わり。SEもそこで止まる

クライス: 何ですか、この淹れ方は
マリー: え?

マリー、ぽかんとした顔で、拍子が抜けた声をあげる
クライス、不機嫌な顔で、カップをソーサーの上に置いて立ち上がり、カップの中身をポットの中に一気にあける。同じくマリーとエリーの前に置いてあるカップも順にポットにあけてしまう。
突然の行動に、マリーは固まったまま、動けない。


マリー: な、何すんのよ!

我に帰ったマリーは、悲鳴じみた声で叫ぶ。
クライスはふん、と鼻をならす。


クライス: ミスティカティは、もっとじっくり淹れなければならないのですよ。それなのに、色も薄いし、香りも全然出ていないじゃないですか。元のモノがとてつもなく良くできているのに、これでは良さを殺してしまいます。勿体無い。
エリー: 良かったですね、マリーさん。これ、とても良くできているらしいですよ。マリーさんが調合したんですよね、このミスティカティ。

マリーがまた怒らないようにすかさずフォローを入れるエリー。マリーは何も言えず、ただ口をあんぐりとあけてクライスの手元のポットを見ている。
しばらく時間がたって、クライスがポットからお茶をそれぞれのカップに注ぐ。


マリー: あ…っ!

マリー、咄嗟にエリーを止めようとするが、エリーはお茶を飲んでしまう。

エリー: 美味し〜い!味も良くでていて、香りも生きていて、本当に上手く淹れてありますね。

エリー、一口のんで嘆賞する。クライスの方を見て微笑む。クライスもまた、微笑む。

クライス: 良ければコツをお教えしましょうか?
エリー: はいっ!是非お願いします!

まだ呆然としているマリーの前で、談笑するエリーとクライス。二人とも話の途中でお茶を飲み続ける。

エリー: マリーさん、飲まないんですか?

マリー、エリーの声に我に帰る。

マリー: え?
エリー: 美味しいですよ。本当に。

マリー、怖いものでも見るように自分の前に置かれたカップを見る。

SE:ごくり、という唾を飲む音

ゆっくりと強張った手をカップに伸ばす。

SE:ドクン、ドクンという心臓の音

震える手でカップを掴むマリー。
瞬間、何かを決意した表情になる。

マリー: ごめん、エリー。
エリー: え?

マリー、呟くと一気にカップを口の中に流し込む。

クライス: マルローネさん…あなた、まさか…
エリー: え?え?えええ?!

マリー、ぎゅっと目を瞑って、審判の時を待っている。
事情を感じてうろたえるクライスとエリー。

一瞬の無音と張り詰めた空気


次の瞬間、笑い出す三人。笑い出すと同時にBGM。

BGM:うるさ〜い!(エリー)

エリー: あはは?あはははっ?え?あはははっ、どうして?笑いが…はははは!
クライス: は、あはははっ!あはは、私も、はははっ、笑いが、はははっ、止まらない?!あははっ!
マリー: あはははっ!オニワライタケエキスを、はははっあはははっ!
エリー: オニワライタケエキス〜?!あはははっ、マリーさん!どうして、はははっ、そんなこと、あはははっ!
マリー: クラっ、あはははっ、クライスに目にモノ見せてやろうと、はははっ思って、きゃーっはっはっ!
クライス: あはははっ、あなたは全く、そういう悪知恵ばかり、ははははっ!思いつく人で、うわはははっ!
マリー: いいじゃない、あはははっ!クライスにも、ひいーっひっひっ!初笑いを経験させて、ははははっ!あげようと思っただけ、きゃははっ!
クライス: 余計な、はははっ!お世話です、くくくっ!
マリー: あはははははっ!だめっ、止まらない!
エリー: あはははははっ!苦しっ、息ができないっ!
クライス: あはははははっ!マルローネさん、効きすぎです!

三人の笑い声をバックにカメラは工房の外、職人どおりを映す。工房から聞こえる狂ったような笑い声に、街の人々が、不思議なものを見るような目で通り過ぎていく。

こだまする三人の笑い声がエコーして止まる。BGMも止まる。

真っ暗になったザールブルグの街。
工房の窓から中を映し、そのまま移動して中の三人を映し出す。

BGM:あたしの楽園☆(エリー)

カメラ、工房の中に倒れている三人を映し出す。
マリーは空ろな目のまま、時々笑いをしゃくりあげながら、天井を見つめている。
エリーは、倒れた椅子の横で、机につっぷしたまま、まだ肩を震わせている。
クライスは、床にうつ伏せになったまま、ピクリとも動かない。



(ナレーション:エリーの声)
こうして、私達の新年の初日は、何もしないまま潰れることになったのだった。
力尽きるまで初笑いをした私達に、今年、福が来るかどうかは定かでは、ない。


えんでぃんぐ:明日になれば(エリー)