採取だったら、楽しいんだけどな。
ここの雑草は何の役にも立たない上に、全部きれいに取らなきゃいけない。
最近は、イライラすることがある度、春の事件でのクライスの姿を思い出しては心をなごませていたのだが。
「・・・むかつくわ」
今回の罰仕事は、そのクライスとの舌戦の末、爆弾を使ったことによる。
しかし、やたらとつっかかってきたのはクライスなのだ。
いつもの小憎たらしい嫌味ではなく、こちらを怒らせようという悪意をむきだしにした・・・あれは、悪口。
しかも、自分は悪くないと校長を言いくるめてマリー一人にに罪を被せたのも、クライス。
その上、草むしりなんてダメージきついペナルティーをさりげなく進言したのも、クライス。
だから、今日に限っては、精神安定特効薬「猫耳ミニクライス」も効を奏さない。
「いつもはあたしが爆弾使おうとしたら、止めてくれるのに。
まるで、あたしが罰仕事受けるように仕向けたみたいじゃない?あたしが何したっていうのよ」
マリーは「うー」と唸ってひざに顔をうずめた。
「そりゃ、イロイロやったけどさあ・・・嫌われるようなことは、してないもん」
と、言いつつも、ちょっと自信なさげではある。
「暑いよう。喉かわいたよう」
マリーが汗を拭いながらべそをかいていた、その時。
ふっと視界がかげった。
「・・・・・?」
つうっと視線を上へ滑らせると、そこにはマリーを見下ろしているクライスの姿があった。
「何しに来たのよ」
「・・・怒っていますね」
「当たり前よ!謝りに来たんじゃないなら・・・」
「すみません」
「へ?」
まさか、本当に謝ってもらえるとは思っていなかったマリーは、呆気にとられてクライスを見た。
「ちょっと、薬品の影響で攻撃的になっていたようです。
今冷静になって考えてみると、あの時のわたしの発言には失言、暴言がありました。撤回します」
「あ・・・そ。薬品、ね。そっか」
なあんだ、だからあそこまで・・・でも、何の薬品使ってたんだろ?
「喉がかわいたでしょう」
クライスが差し出した水筒を目にして、マリーの思考はふっとんだ。
「ありがとー!!もうからっからだったんだ!」
マリーは水筒を受け取ると、蓋を開けて口をつけ、一気にあおった。
「ぐ、げほっ!・・・なにこれ」
水かと思った中身は、水ではなかった。結構、濃い味で・・・まるで薬みたい。
「ああ、ちょっと間違えたみたいですね。こっちでした」
クライスは別の水筒を差し出した。
「・・・って、さっきの何?」
「大丈夫ですよ、毒ではありません。ただの、栄養剤です」
クライスは涼しげな顔で微笑んだ。
次の日の、朝。
クライスの部屋が、けたたましくノックされた。
すでに起きて、身支度を整えていたクライスは、にやりと笑った。
・・・来ましたね。
「誰ですか、こんな朝早く」
「あたし!ちょっとここ開けて、クライス!!」
子供特有の甲高い声。しかしそれは間違いなく、マリーの声である。
「わかりましたから、騒ぎ立てるのはおやめなさい」
クライスは落ち着いた物腰でドアを開けた。
「ク、クライス!!」
挿絵提供:なかじまゆらさん |
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走ってきたらしく、肩で息をしているマリーの顔は、いつもの目線よりはるか下にあった。
その小さな頭には、にょっきりと猫耳がふたつ。だぼだぼのシャツの裾からは、ひょろんと長いしっぽがのぞいている。
「うっ・・・」
予定では、ここでクライスは余裕たっぷりの、勝利の微笑みを浮かべるはず、だった。
がしかし・・・いや、薬は完璧に作用し、してやったり、なのだが・・・
らぶりー。
冷静沈着な研究者にはあるまじき単語が、頭をよぎった。
い・・・いけない。動揺しては・・・!
クライスは、続くはずのマリーの苦情のために感情を抑えて身構えた。
何を言ってきても正論で封じ込めて、相手にこれ以上はない敗北感を・・・
「クライスも、飲んで!」
「・・・は?」
クライスは、思ってもみなかったマリーのセリフに、呆気にとられた。
「薬、どこにあるの?!」
「いや、それは・・・」
「ないならレシピでもいいわ、教えて!!そんでもって、クライスも飲むのよ!!
クライスも飲んで、猫耳しっぽつきになるの〜〜〜!!」
そう言って地団太を踏むマリーの目には煩悩の青い炎が宿り、狂おしいほどの期待感を映してきらきらと輝いていた。
・・・この人は完全に、アタマがくさっている。
まさか、こういう発想に行くとは・・・。
「のいてっ!!」
「あっ、こら、マルローネさん!」
「薬はどこ?!」
「やめなさい、ここはわたしの部屋です!!」
クライスはマリーをつかまえようとしたが、マリーはちょこまかと動き回り、クライスの足の下をくぐって薬品庫に走った。
その後ろ姿を追いかけようとして・・・ぴょこりと動いたしっぽに鼻先を撫でられ、不覚にも・・・腰が砕けた。
その隙に、マリーは薬品庫へ入って行ってしまった。
そして、数秒の後。
どんがらがっしゃ―――ん!!!
ものすごい音がして、クライスは我に返った。
「な、何事ですか!!」
慌てて薬品庫に入ると、マリーが割れた薬ビンの間に倒れていた。
棚によじ登り、バランスを崩して薬ビンと一緒に落ちたらしい。
「む・・・ぐふ」
マリーはうつ伏せにはまっていた薬品の水溜りから、もそもそと起き上がった。
その惨状に、クライスはめまいがした。・・・が、とりあえずマリーの安否を確かめることにする。
「大丈夫ですか」
マリーの脇に屈み込むと、その顔を覗き込んだ。どうやら、怪我はしていないようだ。
だが、焦点の合わさらない目で、ぼうっとしている。頭を打ったのだろうか。
「う・・・えっく。いたいよ〜」
泣き始めた。とりあえず、大丈夫なようである。
「自業自得でしょう。それよりわたしの薬品をどうしてくれるんですか」
マルローネの、涙をいっぱいに湛えた青い目がクライスを捕らえた。思わず吸い込まれそうな、澄んだ瞳。
どきっとしかけた瞬間、マリーの口から思わぬ暴言が飛び出した。
「・・・おじちゃん、だれ」
・・・ぷちっ。
「おじちゃん?!ふざけるのもいい加減にしなさい!そういうあなたはわたしより年上でしょう!」
「え・・・うそ。じゃあ、きみ4さいなの?おおきいのねえ」
「・・・は?」
「どうしてそんなにおおきいの?おとなみたい」
「マルローネ・・・さん?」
クライスははっとしてマリーが顔を突っ込んでいた薬品の水溜りを見た。
この棚に劇薬は入れていなかったが・・・あたりに散らばったビンの中には、怪しげな薬が入っていたものも、ある。
色々な薬品がブレンドされて、思いもかけない効果をもつこともあるのだ。
まさか・・・。
「マルローネさん・・・あなた、いくつですか」
マリーは片手をぱっとひろげた。
「5さい」
「・・・・・」
「あ、もしかしてマリーのこと、もっととしうえだとおもったの?」
「・・・・・」
「ねえ、ここどこ?」
「・・・・・」
「おなまえおしえて」
「・・・クライス、です」
クライスは、やっとのことで答えた。
「わたしのことが、わからないんですか」
「まえにもクライスとあったことがあるの?マリー、おぼえてないなあ」
・・・間違いない。マルローネさんは薬品に引き起こされたなんらかのショックで、記憶障害を起こしている。 つまり、今のマルローネさんは、身も心も5歳児なのだ。しかも、猫耳しっぽつき状態・・・
そのクライスの思考を、ずしりとのしかかって来た重みが中断した。
マリーがしゃがんだクライスの膝に乗り、抱きついて来たのだ。
「クライスって、かっこいいね。マリー、クライスのおヨメさんになる」
唐突にそんなことを言うので、余計うろたえた。
しかし気が付けば、転がっている割れたビンの中には「君しか見えない」のラベルが・・・
マリーの目も、心なしかとろんとして・・・
こ、これはまずい!かなりまずい!!
こんな姿にした上に、惚れ薬まで盛ったとなっては・・・ただの変態以外の何者でもないではないか! いくらリベンジだと言っても、いくら事故だと言っても、誰も信じてはくれまい。
そして愛くるしいマリーはクライスの首に腕を回し、ぴたっとくっついて離れない。
あああ、これでは、まとまる考えもまとまらないではないか!!
な、何故こんなことに・・・!
とにかく、このマリーを人目に触れさせる訳にはいかなくなった。
ここで元に戻るまで過ごしてもらうしかあるまい。
しかし、薬の効果が切れるまでどのくらいの時間がかかるのだろう・・・!
そのクライスの目の前で、マリーはあどけなく笑った。
「うふふ、クライスだーいすき。ね、ぎゅーってだっこして?」
・・・精神異常をきたしてしまいそうな事態だ。