その後、もうひとつのエレベーターを待って、エリーは地下に降り、ノルディスのいた資料室を訪れた。もうすでにエンデルクの待つ会議資料を作成し終えていた彼はちょうど部屋からでてくるところであり、扉に立っているエリーに気付くと親愛の目を傾けた。
「エリーだったんでしょ?これコピーしてくれたの。」
「う・・・うん。」
「ありがとう!おかげで全部終わったよ!」
そういって、腕に抱えているその山をエリーの前に示すとそのまま薄暗い廊下を歩いていく。
「あ・・・待って!ノルディス!社長室いくんでしょ?」
「うん。」
「私も帰るところだから、一緒に行こう!」
言葉とともに、彼の手から半分それを取り、エリーはノルディスの隣に立った。同期入社の彼と楽しく語り合いながら、社内を歩いていく姿に社員達は穏やかな目を送ったが、その中に一線複雑な流れを持つ視線が遠方から注がれていた。
「社長・・・エンデルク社長!」
「・・・・ああ・・・すまん・・・。」
「どうされたんですか?突然お話を中断されるなんて・・・・。」
ロビーで突然社員に呼び止められ、その場で軽く仕事の話をしていたエンデルクに二人の姿はたまたま映ったのだが、無理矢理その目をエリー達から逸らし、再び仕事の話に没頭していく。
「・・・ということですので、これから商談に参りますが・・・・。」
「わかった・・・。私も行かねばならんようだな・・・。」
後ろを振り返りたい衝動をなんとか堪え、エンデルクはその社員とともに、回転扉の方向へと歩いていく。外はまた冬の厳しさに晒されているようだった。冷えた風が通りを行き交う人々のコートを寒そうになびかせている。心に破れ目が起こり、そこへ一気に冷たい風が吹き抜けていくようで、エンデルクは言いようのない空しさを感じつつもコートの裾を翻し、社員の後に続いた。
エンデルクの急な外出を書置きされたメモで知ったエリーは、なんとなく寂しい胸を抱えながらも、ノルディスを部屋に通した。大きな机の上に依頼された書類を彼はとんと置き、エリーにもう一度礼を言う。
「今度お礼させてよ。エリー。」
「え?いいよ。こんなのたいしたことじゃないから・・・。それに・・・。」
「それに・・・・?」
「社長も急いでいたみたいだから・・・。」
言葉にどことなくいつもの少女らしさを残していない彼女が覗えるようで、ノルディスは黙ってエリーの目をみていたが、やがて小さく「そう・・・。」と答えた。
「じゃあ・・・僕はこれで・・・。」
「うん・・・それじゃあねvノルディス!」
ほんの瞬間に垣間見せた一人の女性としてのエリーはもうすでにそこにはいなかったが、彼は何も言葉にすることはなく静かに部屋を出て行く。
残されたエリーはその書類にもう一度不備がないことを確かめるため、山積みされたそれらを手に取った。
「帰ってこられるまでに全部目を通しておかなきゃ・・・・。」
時計はすでに午後2時を過ぎていた。エリーは隣接している秘書室へとそれらを運ぶため、ドアノブに手を回し、ゆっくりとその扉を開けて行く。
照明がなくとも外の光が充分満たされたこの部屋は正直自分の住んでいる部屋よりも快適で居心地が良い。
心の中で意気込みを示しながら、エリーはその中へ入り、静かにそのドアを閉める。調合中でなくお仕事中の空気が部屋の中に満たされ始めていき、誰一人訪ねて来ることはないその部屋は秘書室として隣の部屋と同じくらいの緊張を湛え始めていた。
※
一階のロビーで社員と別れたエンデルクは通常通り、エレベーターを利用せず、階段を昇った。
退社時刻はとうに過ぎており社内は薄闇と沈黙に覆われている。
「ふむ・・・・こんなに遅くなってしまったか・・・・。」
階段を濡らす暗闇に低い声が溶けていき静まり返った縦の空間にそれは反響している。
自分の声が、こんなにも寂しさを持っていたのだと改めて気付かされ、彼は自嘲気味に声を殺し咽喉の奥底で笑った。以前の彼なら決して気付けない声だった。
それがわかったのは、やはりエリーを秘書として迎えた頃からだろう。
人生に勝ち続けた成功者が辿るその先には必ず孤独と淋しさがあり、それを抱えて生きていくことが運命なのだと信じて疑わなかった。人として得られる温かな幸福などとうにあきらめてしまっていた自分であったはずなのに・・・・・。
エリーとの、彼女との出会いがその信念を狂わせていったのだ。
(もう・・・帰っているだろうな・・・・。)
窓から零れる月明かりに時計を照らし、時刻を確認してから軽く息をつく。だがその足を全く鈍らせることはなく、しっかりとした脚力で最上階を目指すエンデルクであった。
やがて、自身の部屋の前まで辿り着くと、ノックをすることもなく、そのノブに手を回す。しかし、彼が密かに期待していた光景を目に映すことはできず、そのままコートを、近くのソファーへと無造作に
投げ、自らの身をそこへ沈めた。
照明を全くつけぬまま、エンデルクはタイを緩め、両足を投げ出し、両手を頭の後ろに組んでゆったりともたれ、天井を向きその目を閉じていった。強靭な肉体を持つ彼が疲労を感じることは滅多になかったが、いつも迎えてくれる顔が見られなかった今夜は特別であろう。
エリーの存在がいつのまにか自身の活力源となっていたことに改めて気付かされ、ついつい素直でない笑いを口の端に浮かべている。それから頭は自然と昼間みた光景に切り替わっていた。
(彼とはつきあっているのだろうか・・・・?)
いくつもの根拠のない空想が頭の中を過っていき、エンデルクは軽く首を振った。身体の疲れよりも昼間から感じていた心の傷は再び疼きはじめたようで、痛みを振り切るようにエンデルクは体勢を変えてみるが、その時エリーの秘書室の辺りから零れている光を網膜は吸いあげ、彼は咄嗟に視線をそのドアへと注いだ。
(もしや・・・・・?)
「エルフィール君・・・・?」
明らかにドアの下から照明の灯りが床に滲み込んできている。もう一度その名を呼びながら、今度は軽くそこをノックするが、彼女の声は聞こえることはない。
「ふむ・・・・・。」
僅かな躊躇いの後、口早に「失礼。」と呟き、エンデルクは秘書室のドアを開け放った。
途端に玲瓏な瞳から温もりが生まれる。
そこには、机に伏したまま寝息を立てているエリーと、それに並んで書類の山が整然とした顔でしっかり座り込んでいる。明日の資料ということが一目でわかり、軽く全てに目を通しそれらを元の位置に戻した後、エンデルクはその寝顔を黙ってみつめた。
(やはり・・・・待っていてくれたのか・・・・。)
眠っているはずの睫毛が微かに揺れて唇に笑みが零れている。
こんな表情に出会えたことなどこれまで全く皆無であり、心の奥底で熱い想いが渦巻いていくのを止められそうにもない・・・。
「エリー・・・・。」
思わず呼んでしまったその名前にまるで応じるかのように、小さな唇から言葉が流れていく。
羽のようなその音を求めるために、エンデルクはその唇に耳を近づける。
そこから得られた音は・・・・・・・。
一つの名前であり・・・・そして・・・・告白・・・・。
「・・・・・・・ちょ・・う・・・・す・・・き・・・・・・。」
告げられたその声が全身に甘く溶け込んでいくと、形容し難い感情が光のように身体を貫いていった。
やっと安心できる言葉を得られた今、これ以上耐えられそうもない・・・・。
(壊してはならぬ・・・だが・・・・・エルフィール・・・・。)
エンデルクの大きな手がエリーの肩にかかり、そのまま自らの胸へと彼女を引き寄せた。俯いたままの顎を掴みこちらへ寝顔を向かせると、その唇に顔を近づけていく・・・・。
・・・・がっ・・・その瞬間――――
「だめですよ!社長!」
「職権乱用!ずるいんじゃないかな?」
「そうだ!フェアじゃねーぜ!!」
いつの間にここまでやってきたのか、(いや隠れていたのか?)秘書室の扉越しに三羽鴉が首を出してこちらを睨んでいる。
「な・・・なんだっ??おまえたち!!まだ帰っていなかったのか??」
すっかりいい雰囲気をぶち壊されたエンデルクは恐ろしいほどの形相で三人に負けじと睨み返しているが、ノルディス達は全く動じることもない。
「当たり前じゃないですか・・・?こんな夜中に・・・。」
「二人っきりなんて・・・危ない・・・危ない・・・。」
「いつ狼に変わるかもわかんね――し・・・。」
すっかり信用を失くしているようでエンデルクはがくりと肩を落とした。「同意の上だ。」と主張したいことはやまやまであったが、何しろエリーは眠ったままである。
当事者を抜いての発言など全く信憑性はないだろう・・・・・。
眉間に縦皺を寄せ、ううむと考え込んでしまうエンデルクにダグラスがまた余計な心配種を植え付けてしまう。
「なんか・・・隣のビルのおっさんも・・・今日こいつに一目惚れしたみたいっすよ・・・。」
「なんだと??」
「そのうち、ヘッドハントとか・・・うわっ・・・僕それはいやだなぁ・・・。」
「社長!絶対止めてください!」
「当たり前だ!エルフィールは私のものだからな!!絶対に他社になどやるものか!!」
微妙に言葉をすりかえながらも、自分のものだと豪語してしまったエンデルクに、ピキンと3人のこめかみに亀裂が生じていく。しかしエンデルクは全く気にする風でもなく、その勢いのまま隣のビルに向かい仁王立ちで威嚇する。
社員一同の前で堂々と独占欲を全開させる若きエンデルク社長に新たな闘いの日が待っているようだった。(笑)
(終)
≪綾姫より≫
エンデルク隊長に愛を注ぐ「PEARLMOON」の管理者イッテツさんが、わたしが描いたイラスト「どじ秘書エリー」をモチーフに、こんなに素敵なお話を書いてくださいました!
こういうのって、絵描き冥利に尽きますねvvv
普段から命のある絵を描きたいと思っているので、絵の中に物語を感じたり、世界を見たりしてくださるのって、すごく嬉しいです。
鈍いエリーちゃんがかわいいですよねvそしてエンデルク社長ってばなにげにスケ・・
「アインツェルカンプ!!」(どごぉっ!!)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ。
今、しばらく意識が途絶えていたような・・・気のせいかしら?
えーと、何の話でしたっけ・・・。そうそう、エリーちゃんがかわいいという話。
周囲の男たちをころんころん転がしながら、ひたすら天然な魔性の女。(笑)みんなに大事にしてもらって、羨ましいですね〜。
それにしても・・・
ルー兄、オムコさんに欲しい〜!(爆)
最後に。イッテツさん、本当にどうもありがとうございました〜vvv