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「そりゃ!」
「お!」
「ナイスキャッチ!」
腕を振りぬくと同時に聞こえてくる短い言葉の中に二人の楽しそうな心が風に乗ってやってくる。
二人のほぼ中央にエリーは座った。右から左、左から右へと目線は流れ、同時に首も動いていった。
コントロールは二人とも抜群である。これなら今年の社会人都市対抗野球もまた優勝をかっさらえるかもしれない。
(なんてったって・・・うちのエンデルク社長まで選手だからね〜〜〜うふふv無敵無敵!今年も優勝いただきだよ!!)
頭にはすっかり今年の優勝商品である7泊8日ハワイ旅行が思い描かれている。目の縁に沈みゆく太陽、スコールの後のカラリとした空と青く澄んだ海、浮き輪の大群と巨大な波にのまれそうなサーファー、海岸沿いに立っているカラフルな浜の看板、焼け付くような砂浜などなど・・・常夏の国ハワイは完璧なる娯楽の国であろう・・・それが社員全員のものとなるというこの大会はある意味仕事よりも、重要かもしれない。(笑)
しかしそんな楽しい妄想は一瞬にして打ち砕かれてしまうのであった。
ガッシャーーーーン!!!!
「うお!やべえ!」
ダグラスの投げた硬球が急にコントロールを乱し、勢いをつけて、追い風に乗り隣のビルのガラス窓に飛び込んでしまったのだ。
「誰でい!!!」
壊れた音とほぼ同時にしゃがれたような怒鳴り声が聞こえ、その窓が開かれる。そこから顔を出したその男はスキンヘッドをテラテラと反射させ、こちらをぎゅんと睨みつけてきた。年は40くらいであろうか・・・・・しかしくたびれたような風采ではなく、ワイシャツの袖からでている腕の筋肉はそんじょそこらのモヤシ青年が完全降伏してしまうほど逞しい。太陽の光ほど眩しくて直視できない頭にはコスプレ趣味をにおわせる(?)世露死苦鉢巻がしっかと巻かれ、その縁上に大きなこぶを作っている。ダグラスの球が原因でそうなったことは一目瞭然であった。
「すみませーん!オレの投げた球のせいっす!」
潔くダグラスはぺこりと頭を下げ、大声で謝罪するが、窓の中にいるその男は今にも身を投げ出さんばかりに、こちらを視線で殺そうとしている。
「おうおう!素直に謝るのは感心だが、こんなところで野球なんてするもんじゃねーだろー??っったくよぅ・・・・近頃の若者っつーのは・・・・・。」
どうやら親父の説教話がはじまったらしく、ダグラスはシュンとしてそれを聞いているようだった。ルーウェンとエリーが駆け寄り、その風景の中に溶け込んでいったが、窓際の親父はいっこうに話を止める気配も感じられない。それどころか、ずっと目を瞑り、自分の世界に入っていくようで、話の内容もどんどんずれていき、説教はいつの間にか彼の若かりし頃の髪の話へとなっていくのであった。
(おい・・・・なんか・・・・違うんじゃ・・・・・。?)
(オレ達・・・・どうすべきなんだ・・・・?)
(うわっ・・・こんな時間かよ。オレこの後得意先回りしねーといけねーのに・・・・。)
昼休みは刻々と過ぎ去っていく。このままだと仕事に遅れてしまうことにも為りかねないだろう・・・・。冬なのにじんわりと背中と胸に焦燥の汗が流れていく・・・・。
だが、その時――――。
この鉛のように堅い空気を打ち破る可愛らしい声が親父の耳を通り抜けていった。
「あの・・・すみませんけど・・・・。」
「おお??」
これまでずっと閉じていた目がその声によって開かれる。そうしてフェンス越に見えるその声の主を目に入れた時、親父の胸に長年忘れていた感情が沸き起こった。
(マ・・・・マブい・・・・。)
突然、止まってしまった親父の双眸にピンク色のハートが浮かんでいる。親父は割合晩熟タイプのようで、その場に固まってしまい、大きな銅像のように身動き一つしなくなってしまった。
(おいおい・・・このおっさんもかよ・・・・。)
目の前に立ち手のひらを顔面に揺らして彼の意識を取り戻すことも不可能な状況であろう。それに何より時間が迫っている現実にダグラスはルーウェンと目で合図した後、エリーをつれてとっとと退散をきめこんだ。
「あれ〜・・ダグラス??まだおじさんのお話が・・・・。」
「ばかか?おまえ?あれ以上聞いてたらぜってー遅刻するだろーが・・・。」
「あ・・・そうか・・・・。」
腕時計をちらっとみてエリーは納得した顔になっている。そうして一言ぽつんと二人の間で呟いた。
「でも・・・・後で隣のビルに行って、私もう一度謝っとくね・・・。」
「エリー・・・そうしたら君は帰って来れないかもしれないよ・・・・。」
「そうだな・・・オレもそう思う・・・・。」
ルーウェンも親父の異変に気付いていたようで、隣のダグラスと顔を合わせ、溜息をついているようだったが、鈍いエリーにはその言葉の意味が全くわかるはずもない。
「え?そうなの・・・?でもボールは返してもらわなきゃ☆」
「・・・・・・おまえ・・・ほんっとーに・・・鈍いな・・・・。」
「え・・・・・?」
「ある意味魔性の女・・・かもしれない・・・。」
「ああ・・・そーだろ・・・。」
「な・・・なんでそうなるのよぉ・・・・!!!」
ぱかぱかと二人の背中を叩こうとしてエリーはエレベーターに続き乗り込もうとするが、先に乗っていたらしい男性が誤ってボタンを押し、そこからはじきだされてしまう。
閉じていく扉越しにダグラスは「でもありがとよ!」と叫び、ルーウェンは「それじゃ、また!」という眼差しでエリーから離れたが、彼女はやはり先ほどの話が上手く理解できないというような曖昧な表情で二人を見送るしかできない。
「うーん・・・魔性って何・・・?」
後でエンデルク社長にでも聞いてみよ☆っと気軽に笑ってみるが、それが社長の頭を悩ませることになるなどとは無論気付いていないエリーであった。


その後、もうひとつのエレベーターを待って、エリーは地下に降り、ノルディスのいた資料室を訪れた。もうすでにエンデルクの待つ会議資料を作成し終えていた彼はちょうど部屋からでてくるところであり、扉に立っているエリーに気付くと親愛の目を傾けた。
「エリーだったんでしょ?これコピーしてくれたの。」
「う・・・うん。」
「ありがとう!おかげで全部終わったよ!」
そういって、腕に抱えているその山をエリーの前に示すとそのまま薄暗い廊下を歩いていく。
「あ・・・待って!ノルディス!社長室いくんでしょ?」
「うん。」
「私も帰るところだから、一緒に行こう!」
言葉とともに、彼の手から半分それを取り、エリーはノルディスの隣に立った。同期入社の彼と楽しく語り合いながら、社内を歩いていく姿に社員達は穏やかな目を送ったが、その中に一線複雑な流れを持つ視線が遠方から注がれていた。
「社長・・・エンデルク社長!」
「・・・・ああ・・・すまん・・・。」
「どうされたんですか?突然お話を中断されるなんて・・・・。」
ロビーで突然社員に呼び止められ、その場で軽く仕事の話をしていたエンデルクに二人の姿はたまたま映ったのだが、無理矢理その目をエリー達から逸らし、再び仕事の話に没頭していく。
「・・・ということですので、これから商談に参りますが・・・・。」
「わかった・・・。私も行かねばならんようだな・・・。」
後ろを振り返りたい衝動をなんとか堪え、エンデルクはその社員とともに、回転扉の方向へと歩いていく。外はまた冬の厳しさに晒されているようだった。冷えた風が通りを行き交う人々のコートを寒そうになびかせている。心に破れ目が起こり、そこへ一気に冷たい風が吹き抜けていくようで、エンデルクは言いようのない空しさを感じつつもコートの裾を翻し、社員の後に続いた。


エンデルクの急な外出を書置きされたメモで知ったエリーは、なんとなく寂しい胸を抱えながらも、ノルディスを部屋に通した。大きな机の上に依頼された書類を彼はとんと置き、エリーにもう一度礼を言う。
「今度お礼させてよ。エリー。」
「え?いいよ。こんなのたいしたことじゃないから・・・。それに・・・。」
「それに・・・・?」
「社長も急いでいたみたいだから・・・。」
言葉にどことなくいつもの少女らしさを残していない彼女が覗えるようで、ノルディスは黙ってエリーの目をみていたが、やがて小さく「そう・・・。」と答えた。
「じゃあ・・・僕はこれで・・・。」
「うん・・・それじゃあねvノルディス!」
ほんの瞬間に垣間見せた一人の女性としてのエリーはもうすでにそこにはいなかったが、彼は何も言葉にすることはなく静かに部屋を出て行く。
残されたエリーはその書類にもう一度不備がないことを確かめるため、山積みされたそれらを手に取った。
「帰ってこられるまでに全部目を通しておかなきゃ・・・・。」
時計はすでに午後2時を過ぎていた。エリーは隣接している秘書室へとそれらを運ぶため、ドアノブに手を回し、ゆっくりとその扉を開けて行く。
照明がなくとも外の光が充分満たされたこの部屋は正直自分の住んでいる部屋よりも快適で居心地が良い。
心の中で意気込みを示しながら、エリーはその中へ入り、静かにそのドアを閉める。調合中でなくお仕事中の空気が部屋の中に満たされ始めていき、誰一人訪ねて来ることはないその部屋は秘書室として隣の部屋と同じくらいの緊張を湛え始めていた。




                      ※




一階のロビーで社員と別れたエンデルクは通常通り、エレベーターを利用せず、階段を昇った。
退社時刻はとうに過ぎており社内は薄闇と沈黙に覆われている。
「ふむ・・・・こんなに遅くなってしまったか・・・・。」
階段を濡らす暗闇に低い声が溶けていき静まり返った縦の空間にそれは反響している。
自分の声が、こんなにも寂しさを持っていたのだと改めて気付かされ、彼は自嘲気味に声を殺し咽喉の奥底で笑った。以前の彼なら決して気付けない声だった。
それがわかったのは、やはりエリーを秘書として迎えた頃からだろう。
人生に勝ち続けた成功者が辿るその先には必ず孤独と淋しさがあり、それを抱えて生きていくことが運命なのだと信じて疑わなかった。人として得られる温かな幸福などとうにあきらめてしまっていた自分であったはずなのに・・・・・。
エリーとの、彼女との出会いがその信念を狂わせていったのだ。
(もう・・・帰っているだろうな・・・・。)
窓から零れる月明かりに時計を照らし、時刻を確認してから軽く息をつく。だがその足を全く鈍らせることはなく、しっかりとした脚力で最上階を目指すエンデルクであった。


やがて、自身の部屋の前まで辿り着くと、ノックをすることもなく、そのノブに手を回す。しかし、彼が密かに期待していた光景を目に映すことはできず、そのままコートを、近くのソファーへと無造作に
投げ、自らの身をそこへ沈めた。
照明を全くつけぬまま、エンデルクはタイを緩め、両足を投げ出し、両手を頭の後ろに組んでゆったりともたれ、天井を向きその目を閉じていった。強靭な肉体を持つ彼が疲労を感じることは滅多になかったが、いつも迎えてくれる顔が見られなかった今夜は特別であろう。
エリーの存在がいつのまにか自身の活力源となっていたことに改めて気付かされ、ついつい素直でない笑いを口の端に浮かべている。それから頭は自然と昼間みた光景に切り替わっていた。
(彼とはつきあっているのだろうか・・・・?)
いくつもの根拠のない空想が頭の中を過っていき、エンデルクは軽く首を振った。身体の疲れよりも昼間から感じていた心の傷は再び疼きはじめたようで、痛みを振り切るようにエンデルクは体勢を変えてみるが、その時エリーの秘書室の辺りから零れている光を網膜は吸いあげ、彼は咄嗟に視線をそのドアへと注いだ。
(もしや・・・・・?)
「エルフィール君・・・・?」
明らかにドアの下から照明の灯りが床に滲み込んできている。もう一度その名を呼びながら、今度は軽くそこをノックするが、彼女の声は聞こえることはない。
「ふむ・・・・・。」
僅かな躊躇いの後、口早に「失礼。」と呟き、エンデルクは秘書室のドアを開け放った。
途端に玲瓏な瞳から温もりが生まれる。
そこには、机に伏したまま寝息を立てているエリーと、それに並んで書類の山が整然とした顔でしっかり座り込んでいる。明日の資料ということが一目でわかり、軽く全てに目を通しそれらを元の位置に戻した後、エンデルクはその寝顔を黙ってみつめた。
(やはり・・・・待っていてくれたのか・・・・。)
眠っているはずの睫毛が微かに揺れて唇に笑みが零れている。
こんな表情に出会えたことなどこれまで全く皆無であり、心の奥底で熱い想いが渦巻いていくのを止められそうにもない・・・。
「エリー・・・・。」
思わず呼んでしまったその名前にまるで応じるかのように、小さな唇から言葉が流れていく。
羽のようなその音を求めるために、エンデルクはその唇に耳を近づける。
そこから得られた音は・・・・・・・。
一つの名前であり・・・・そして・・・・告白・・・・。


「・・・・・・・ちょ・・う・・・・す・・・き・・・・・・。」


告げられたその声が全身に甘く溶け込んでいくと、形容し難い感情が光のように身体を貫いていった。
やっと安心できる言葉を得られた今、これ以上耐えられそうもない・・・・。
(壊してはならぬ・・・だが・・・・・エルフィール・・・・。)


エンデルクの大きな手がエリーの肩にかかり、そのまま自らの胸へと彼女を引き寄せた。俯いたままの顎を掴みこちらへ寝顔を向かせると、その唇に顔を近づけていく・・・・。



・・・・がっ・・・その瞬間――――



「だめですよ!社長!」
「職権乱用!ずるいんじゃないかな?」
「そうだ!フェアじゃねーぜ!!」

いつの間にここまでやってきたのか、(いや隠れていたのか?)秘書室の扉越しに三羽鴉が首を出してこちらを睨んでいる。
「な・・・なんだっ??おまえたち!!まだ帰っていなかったのか??」
すっかりいい雰囲気をぶち壊されたエンデルクは恐ろしいほどの形相で三人に負けじと睨み返しているが、ノルディス達は全く動じることもない。
「当たり前じゃないですか・・・?こんな夜中に・・・。」
「二人っきりなんて・・・危ない・・・危ない・・・。」
「いつ狼に変わるかもわかんね――し・・・。」


すっかり信用を失くしているようでエンデルクはがくりと肩を落とした。「同意の上だ。」と主張したいことはやまやまであったが、何しろエリーは眠ったままである。
当事者を抜いての発言など全く信憑性はないだろう・・・・・。
眉間に縦皺を寄せ、ううむと考え込んでしまうエンデルクにダグラスがまた余計な心配種を植え付けてしまう。
「なんか・・・隣のビルのおっさんも・・・今日こいつに一目惚れしたみたいっすよ・・・。」
「なんだと??」
「そのうち、ヘッドハントとか・・・うわっ・・・僕それはいやだなぁ・・・。」
「社長!絶対止めてください!」
「当たり前だ!エルフィールは私のものだからな!!絶対に他社になどやるものか!!」
微妙に言葉をすりかえながらも、自分のものだと豪語してしまったエンデルクに、ピキンと3人のこめかみに亀裂が生じていく。しかしエンデルクは全く気にする風でもなく、その勢いのまま隣のビルに向かい仁王立ちで威嚇する。
社員一同の前で堂々と独占欲を全開させる若きエンデルク社長に新たな闘いの日が待っているようだった。(笑)

(終)


≪綾姫より≫
エンデルク隊長に愛を注ぐ「PEARLMOON」の管理者イッテツさんが、わたしが描いたイラスト「どじ秘書エリー」をモチーフに、こんなに素敵なお話を書いてくださいました!
こういうのって、絵描き冥利に尽きますねvvv
普段から命のある絵を描きたいと思っているので、絵の中に物語を感じたり、世界を見たりしてくださるのって、すごく嬉しいです。
鈍いエリーちゃんがかわいいですよねvそしてエンデルク社長ってばなにげにスケ・・
 「アインツェルカンプ!!」(どごぉっ!!)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ。
今、しばらく意識が途絶えていたような・・・気のせいかしら?
えーと、何の話でしたっけ・・・。そうそう、エリーちゃんがかわいいという話。
周囲の男たちをころんころん転がしながら、ひたすら天然な魔性の女。(笑)みんなに大事にしてもらって、羨ましいですね〜。
それにしても・・・
ルー兄、オムコさんに欲しい〜!(爆)

最後に。イッテツさん、本当にどうもありがとうございました〜vvv



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