秋も、終わりに近い頃だった。
1台の荷馬車が、クルスリーブ村を訪れた。
さして多くない家財道具を積み込んだ馬車には、御者の他に、60歳を少し越えたくらいの品のいい老女と、その孫と思われる10歳前後の少年が乗っていた。
馬車を村の中央広場に止めると、老女は少年を連れ、まっすぐ村長の家に向かった。
「この村に住みたい・・・。そうおっしゃるのですかな?」
突然の申し出に、村長のガレット・リーズはとまどった。
クルスリーブ村は、平和でのどかで、よくまとまった村だった。村中の誰もが、親や祖父母の代からの知り合いで、村を出ていく者もなく、外から入り込んでくる者もいなかった。
だが、マーサ・エイヴォンと名乗る老女は、穏やかだがきっぱりとした口調で、言った。
「私は、占い師を生業として、これまで暮らしてきました。そして、私が余生を過ごすのには、この村がいちばん良い、と占いにも顕れているのです。しばらく村の中を見せていただきましたが、本当に、住んでいる方々も穏やかで、親切そうな方ばかりのようですね。これならば、私も孫も、安心して暮らすことができます」
「あなたとお孫さんのふたりだけですか? 表で荷馬車をひいている男の人は?」
「彼は、ただの雇い人です。私たちが身を落ち着ける場所が決まったら、馬車と一緒に帰します」
「しかし、我々があなた方を受け入れるのは良いとして、住む場所は、どうされます? あいにく、今は村に空き家はありませんし、土地はあっても、これから家を建てるのでは冬に間に合いません。ここいらの冬は、かなり厳しいですからな」
「村外れにある、あの小屋はどうなのでしょう」
と、マーサは隣にちょこんと腰掛けている少年を見やって、言った。
「え!? あの、兵士小屋ですか!?」
ガレットは驚いて、叫ぶように言った。
「たしかに、あそこは、空いています。しかし・・・」
それは、かつてハーガゼント王国と隣国のヴィラキア帝国との間に国境紛争があった時代、ヴィラキア兵の襲撃に備えて村を警護する兵士たちが寝泊まりしてた小屋だった。見かけは小さいが、地下には、いざという時に村人を避難させるために、広い石室が掘り広げてあった。
しかし、紛争も収まり、兵士たちが去っていった後は、放置され、村外れの目立たない場所にあるために、その存在すら忘れている村人も多かった。
「特に問題がないのであれば、ぜひあそこに住まわせてください。私も老いてはいますが目も足腰もしっかりしています。糸紡ぎでも裁縫でも、何でもできます。この子も、身体は少し弱いですが、読み書きはできますし、おとなしい子なので、悪戯をして村の皆さんにご迷惑を掛けることもないと思います」
老女の言葉に、あらためてガレットは少年を観察した。
たしかに、肌は雪のように白く、ほっそりとした体格で、村の同じ年格好の少年たちと比べると、かなり見劣りがする。そして、この年頃の子どもには珍しく、眼鏡を掛けている。そのレンズの奥からガレットの視線を見返す緑色の瞳には、大人っぽい知性の光が感じられた。
(こりゃあ、かなり賢い子どもに違いないわい。事と次第によっては、村のガキどもに読み書きや計算を教えさせることができるかも知れないな・・・)
たしかに、学校らしい学校もなく、子どもの教育はそれぞれの家庭まかせになっていることは、村でも問題になっており、村長も頭を悩ませているところだったのだ。
「わかりました。わしとしては、おふたりがこの村に住むことに異存はありません。最終的には、今度の村役人の寄り合いで決めることになりますが、まず問題ないでしょう。クルスリーブ村へようこそ!」
その時、家の奥からガタン!と音がした。
ガレットが素早く振り向く。
「こら、ゲラン! こそこそと覗き見なんぞ、するもんじゃない! 出て来い!」
ガレットに一喝されて、がっちりした体つきの少年が、奥の部屋から現われた。年齢は、マーサの孫と同じくらいだが、身体はひとまわりもふたまわりも大きい。もっとも、マーサの孫の体格が、平均をかなり下回っていることもあるのだが。
ガレットは、照れ笑いを浮かべながら、紹介する。
「わしの長男のゲランですじゃ。将来はわしの後を継いで村長になろうというのに、勉強もせず遊び回ってばかりで、困ったもんです。マーサさん、あんたのお孫さんと足して2で割れば、ちょうどいいと思いますがね、はっはっは」
そして、ゲランを振り向き、言う。
「ちょうどいい。紹介しておくぞ。今度、この村に住むことになった・・・あ〜、そう言えば、まだお孫さんの名前を聞いておりませんでしたな。ぼうや、名前は何て言うんだい?」
問い掛けられた少年は、右手で眼鏡の位置を整え、真っ直ぐガレットを見返して答えた。
「パロスです。よろしくお願いします」
「へえ、パロスさんって、ご先祖様と同じ名前なんだ」
ここまで話を聞いていたリルミスが、不思議そうに言う。
パロスは、2杯目のハーブティーを口に運びながら、つまらなそうに答える。
「私の一族では、男性の長子は先祖伝来の同じ名前を名乗ることになっているのですよ」
「ふうん。じゃあ、お父さんもおじいさんも、パロスって名前なの? 一緒に住んでたら、こんがらがっちゃうね」
リルミスは、くすっと笑った。
「そういうことになりますかね。でも、問題は全然ありませんよ」
「そうかなあ」
そこへ、バーセルが割り込む。
「こらこら、まだ話は終わっちゃいないぞ。これからが大変なんだ」
「はいはい」
と、リルミスはお茶のお代りを注ぐ。
バーセルは、話を続けた。