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33333hit記念リクエスト作品

  想い人の真意


ダグラスは、欠伸をしながら酒場の戸を開けた。
24時間働きづめとなる夜勤明けには、一日の休みが与えられる。
その日にはまずひと眠りし、昼過ぎになったら起き出してここ、飛翔亭にやってきて食事をし、その後職人通りをうろついて武器などの物色をして、最後にもう一度飛翔亭で一杯ひっかけて寝る、というのが、ここのところの彼のお決まりのコースだった。
「よう、ダグラス。昨日は夜勤だったようだな」
「ああ、マスター。なんか食わせてくれ」
ダグラスは、飛翔亭のマスター、ディオの前のカウンター席に陣取った。
「芋のスープと、ソーセージでいいか?」
「ああ、頼む」
カウンターの入り口に近い側に立っているディオの兄、クーゲルがグラスを手にとって尋ねる。
「飲み物はいつものやつかい?」
「ああ」
昼間食事をするときに頼む、軽めのワインがグラスになみなみと注がれた。
「ああ、それからいいチーズが入ってるんだ。食ってきな」
思い出したようにそう言うと、ディオは腕まくりしたたくましい腕をカウンターにかけてダグラスを覗き込んだ。眼鏡の奥の鋭い目を細めて思わせぶりに囁く。
「・・・エリーから仕入れた逸品だ」
ダグラスはぶっとワインをふきだした。
「うをっ!危ねえ危ねえ」
飛びのきながらも、ディオは楽しそうだ。
「だ、だからなんだってんだよ!」
「何を慌ててんだ?ん?」
ディオはスライスしたシャリオチーズを皿に盛り合わせ、パンと一緒にダグラスの目の前に置いた。
「これがエリーんとこのチーズだってだけの話だよ」
そう言って、にやにやしている。
・・・確かにそう言われれば、それだけの話だ。
ダグラスは言い返すことも出来ず、黙って出されたチーズをつついた。
「・・・む」
「うまいだろ?」
すかさず、ディオが尋ねる。ダグラスは素直にうなずいた。
うまい。いつもに増して、このチーズはうまい。というか、こんなうまいチーズは、食ったことがない。
「この前、採取で森に行ったときにシャリオ山羊に出くわして、新鮮なミルクを手に入れたそうだ。しかもそれを、絶妙のブレンド調合で最高の味に仕上げてある。なかなかお目にかかれるチーズじゃないぜ」
「・・・もっとねえのか、このチーズ?」
「悪いが、残りは美食家の胃袋行きが決定してるもんでな。出してやっただけありがたく思いな」
ディオは腕組みをして、威勢よく笑った。
「ま、エリーんとこには残ってるかもしれねえがな」
「わかった、あとで行ってみるぜ」
ダグラスはあとの料理を急いで平らげると、飛翔亭を出て職人通りへ向かった。


エリーの工房のドアを叩くと、「はーい」という返事と共に、エリーが顔をのぞかせた。
「あっ、ダグラス、いらっしゃい」
ダグラスは勢い込んで工房の中に入った。
「何度も悪りィな!また頼みがあるんだ!」
最近、これが口癖になるほど、頻繁にエリーの工房を訪ねている。
エリーと親しいからというだけの理由ではない。欲しいと思うものがあれば、ここに頼むのが高品質かつ確実なのだ。
「はいはい。今度は何?メガフラム?」
「いや、飛翔亭に持っていったのと同じチーズ、あるか?」
「チーズ?・・ああ、あれ?うん、少しあるけど・・・」
「じゃあ、それを・・・」
ふと、いい匂いが鼻をついた。ダグラスは、言葉を切ってひくひくと鼻を動かす。
「カステラ?」
「う、うん。今、色々とブレンド調合をお試し中で・・・」
甘いカステラの香り。ふと、あのチーズでチーズケーキを作ったらうまいだろうなあ、という考えが頭をよぎり、ダグラスの脳神経は素早くそれを掴まえた。
チーズケーキが食いてえ!
心は一瞬の内に傾き、決まった。
「飛翔亭に入れたのと同じチーズで、チーズケーキの作成を頼みてえんだ。1つで構わねえから、来週までになんとかやってくれ」
「えっ」
エリーは少し困った様子で、工房の中を振り返った。
「チーズケーキ・・・」
「できねえのか?」
「あ、ううん、ええと・・・うん、いいよ。ちょっと期日ギリギリになると思うけど」
「へへ、ありがてえぜ。よろしく頼む。じゃあな!」
ダグラスは妙な充足感を胸に、意気揚々と帰路についた。


ダグラスが王室広報を携えて教会に入ると、無機質な静けさが彼を迎えた。
がらんとして誰もいない。裏の自宅に回ったが、ここにも誰もいない。
まあ、よくあることだ。
神父はいつものように布教や慈善事業で国中を飛び回っているのだろうし、夫人は隣接する孤児院の経営で忙しいのだろう。ミルカッセが教会で雑務を行っていることが多いが、扉が開いてさえいれば、人々が祈るのに支障はない。
無用心といえば、無用心だが。
「どうするかな・・・」
ダグラスが王室広報をひらひらともてあましながら教会を出たところに、丁度ミルカッセが戻って来た。
なにやら、浮かない顔をしている。が、ダグラスに気づくと、いつもの穏やかな笑みを浮かべた。
「こんにちは、ダグラスさん。お祈りにいらしたんですか?」
「いや、仕事で王室広報を持って来たんだ。掲示しといてくれ」
「それはご苦労様です」
ミルカッセはダグラスの差し出した広報を受け取った。
「ああ、もうのど自慢の季節なんですね」
「そうだな」
「去年のエリーさんの歌は素晴らしかったわ」
それからふいに、再び顔を曇らせる。
「あの・・・」
「ん?」
「エリーさん、最近何かあったんでしょうか」
「何かってぇと?」
ミルカッセは言いにくそうに言葉を詰まらせた。
「今日・・わたしの依頼の期日だったんです。でも、もう少し待ってくれと言われてしまって。さっきお会いしたフレアさんも、酒場の依頼が遅れていると言っていたんですよ。・・・今まで、こんなことは一度もなかったのに」
「何だぁ?期日破ったのか、あいつ。ちょっと名が知られてきたからって、見境なく依頼受けすぎなんじゃねえか?」
「そんなに難しいものを頼んだつもりはないんですけど」
「そういや、俺も頼んでる依頼があったな・・・」
チーズケーキを頼んだときの、少し困ったようなエリーの顔を思い出す。
本当は無理なのに、お人よしで断れなかったんじゃねえだろうな。
「ちなみに、何頼んだんだ?」
ミルカッセはにっこり笑って答えた。
チーズケーキ、10個です


「よう、今日は仕事か?」
飛翔亭に入ると、いつものようにカウンターからディオが笑いかけた。手前にいるクーゲルは、ちらりと目を向け、「いらっしゃい」と呟いたきり、グラス磨きに専念している。
「ああ、王室広報だ。よろしく頼むぜ」
「おう、ご苦労さん」
ダグラスは王室広報を一部渡すと、カウンターに寄りかかった。
「なあ、マスター。エリーの依頼品の納入が遅れてるって、ほんとか?」
ディオは眼鏡の奥の目を光らせた。
「それがどうしたんだ」
やはり、本当らしい。
「まさか、そいつもチーズケーキじゃねえだろうな」
「チーズケーキ?」
ディオは肩をすくめた。
「いや。頼んであるのは、フラムとヨーグルトだ」
「なんだ、そうか・・・」
「でもヨーグルトは、チーズケーキの材料になるらしいがな」
ディオの言葉を聞いて、ダグラスの顔が曇った。
「そうなのか?くそっ、しまったなあ・・・」
「チーズケーキがどうした?」
「んー・・・いや、たいしたことじゃねーよ」
なんとなく、罪悪感を感じる。
エリーが期日を守れなかったのは、あのとき、自分が頼んだチーズケーキを無理に引き受けたからなんじゃないだろうか。そんな気がしてならない。
「おっ・・噂をすれば、だな」
ディオの目に促されて振り向くと、エリーが飛翔亭のドアを開けたところだった。
「こんにちは。あっ、ダグラス」
ちょっと疲れた様子のエリーは、ダグラスの姿を認め、顔を輝かせた。
嬉しそうに笑いかけられて悪い気はしない。「おう」と答えて、手を上げる。
ディオがカウンター越しにエリーに声をかけた。
「依頼はどんな調子だ?」
「すみません、フラムの方だけ・・ヨーグルトは、もう少し待ってください」
エリーは申し訳なさそうに、フラムの袋をカウンターに置いた。ディオは中身を確かめ、エリーに代金を渡す。
「何とか間に合ったか。だが、報酬は減らすぜ」
「・・・はい、すみませんでした」
エリーは受け取った代金をポーチに収めると、「ちょっと」とダグラスの腕を引いた。
「・・・なんだ?」
「あのね、これ」
エリーは少し平べったい、四角い箱を差し出す。丁度、ケーキを収める大きさだ。
依頼品のチーズケーキか。でも・・・
「おい、順番が違うんじゃねえか?」
「え?」
「確かに俺が頼んだのは一個だけどよ、期日にはまだ日があるぜ。期日の過ぎてる依頼を優先しろよ。ミルカッセも依頼してんだろ、これ」
ダグラスは受け取った箱をエリーに差し戻した。
「・・・あ、そうじゃなくて。これは、違うの」
エリーはもごもごと言いながら、箱を押し戻した。
「違う?」
ダグラスはいぶかりつつ、箱を開けてみた。
「なんだあ?!この黒いのは」
そこに収まっていたのはしっとりクリーム色のチーズケーキではなく、形こそ似ているものの、まるで焦げた失敗作のように真っ黒なケーキだった。
「それはね、ザッハトルテっていうの。ショコラーテが入ったケーキだよ」
「・・・・・」
「ずっと研究してて、やっと美味しくできたんだ」
だんだん怒りがこみあげてきた。罪悪感まで感じながら心配していた自分が、ばかみたいだ。
「・・・おい」
「え?」
「てめ、何考えてんだ」
「何って・・」
「みんなの依頼そっちのけで、何こんなもん作ってんだよ」
「あ、それは・・依頼もちゃんとできる予定だったんだけど、ちょっと失敗とかしちゃって、間に合わなくて・・・でも、妖精さんも総動員で頑張ってるし、すぐにできるよ」
「そういう問題かよ?!大体、俺が頼んだのはこれじゃねーだろ?俺はこんな黒くて甘そうなもんより、チーズケーキが食いてーんだよ!」
ダグラスは乱暴に箱を突き返した。
「こんなくだらないもんに時間費やす前に、受けた仕事はきちんとこなしやがれ!」
「・・・・・」
エリーの目に、みるみるうちに涙がこみあげた。
「・・・一生懸命作ったのに」
一瞬、ひるみかける。しかし、ここで引いてはエリーのためにならない。責任感ってものがわかってない。
「仕事そっちのけで何が一生懸命だよ。甘えるのもいい加減にしろ!」
「やっと、今日に間に合って・・・」
エリーは声を詰まらせ、抱えた箱に目を落とした。
「・・・ダグラスのばか」
「ばかだと?!おめーこそ甘ったれのぐずのばかやろうだ。さっさと工房に帰って仕事しやがれ!」
「もういいっ!!」
エリーは身を翻し、ドアにぶつかるようにして走り出て行った。
「全く・・・」
ため息をついてふと顔を上げると、ディオがじっとりとこちらを睨んでいる。
「ダグラス・・・ありゃ、あんまりだろ」
「俺だって言いたかねえよ。でもあいつが、あんまりいい加減で・・マスターだって、依頼品遅れて困ってんだろ?」
「に、してもなあ・・・」
「・・・謝って来た方がいい」
クーゲルまでが口を出す。
「何で俺が?反省するのはあいつだろ?」
「この場合は何とも言えねえなあ・・・」
だが、ディオの目は明らかにダグラスを責めている。
「謝って来い」
クーゲルの表情も心なしか、厳しい。
「何だよ・・」
ダグラスは納得が行かず、不満顔のまま酒場を後にした。


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