エリー街の本屋へ戻る
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「ったく。俺はあいつのためを思って・・・」
ぶつぶつ言いながら通りを歩いていると、前方から大柄な体を弾ませるようにして、ハレッシュがやってきた。こちらとは打って変わって、かなり上機嫌だ。
「ぃよう、ダグラス!!」
バシッと背中を叩き、肩に腕を回してくる。
「よ、よう。どうしたんだ、ハレッシュの兄さん。たいした浮かれようだな」
「浮かれもするさ!見ろよ、こ・れ」
ハレッシュはきれいにラッピングされた包みを見せた。うすい紙を通して、黒い固まりがいくつか見える。
「何だそれ」
「ショコラクッキー。もらっちまったんだよ〜」
ハレッシュは喜びに打ち震えつつ、ダグラスの耳に囁いた。
「フ・レ・ア・さ・ん・に!」
「ああ・・・」
ハレッシュがディオの娘、フレアに想いを寄せていることはダグラスも知っている。しかし、お菓子をもらったくらいで、こんなに浮かれるものなのだろうか。
「そんなに嬉しいのか?」
「嬉しいに決まってるだろ!フレアさんも俺のこと、想ってくれてるなんてさ・・」
ハレッシュは今にも「めろめろ」と音が聞こえてきそうに目じりを下げる。
「へえ。フレアさんがそう言ったのか?」
「これを見れば、一目瞭然だろ?」
ハレッシュはさっきの包みを掲げた。・・・きれいにラッピングされてはいるが、黒いクッキーが入っているだけだ。たいしたプレゼントには見えない。
「これがどう一目瞭然なんだよ」
「今日は、2月14日だろ」
「ああ。・・・それで?」
「まさかお前、知らないのか?」
ハレッシュは目を丸くした。
「・・・あ、そうか。ダグラスはカリエル王国出身だったな。あそこは田舎だしな・・・習慣そのものがないのか」
「田舎で悪かったな」
「まあまあまあ、許せ、口が滑った!ははははは!」
ハレッシュはむっとしたダグラスの肩をいなすように叩き、張り切った様子で胸を張った。
「ではお詫びに、このハレッシュさんが今日という日の意味を教えてやろう!2月14日は、バレンタインという人が殉教した日でな、そのバレンタインさんが処刑される前に、自分によくしてくれた牢番の娘に、“あなたのバレンタインより”って署名したカードを送ったんだな。その言い伝えを古代ローマの祭と結びつけて生まれたのがセント・バレンタイン・デー。愛を語る祝日さ」
「はあ・・・」
「ここで肝心要のポイント。地方によって多少の習慣の違いはあるようだが、ここジグザール王国においてのセント・バレンタイン・デーは、女が気のある男にショコラーテ菓子を贈る日なんだ!」
「ふーん・・何でショコラーテなんだ?」
「・・・さあ?とにかく、起源はどうでもいいんだよ。フレアさんが俺に気があるってのが重要なんだよ!ああ、俺は世界一の幸せ者だ。神様ありがとう!!」
天を仰いで両手を広げ、幸せを満喫していたハレッシュは、ふいに我に返り、ダグラスに顔を寄せて声をひそめた。
「この話、今のとこディオの親父さんには内密に、な」
「・・・・・・・」
しかし、ダグラスは聞いていなかった。

ショコラーテ菓子・・・

じゃあ・・・
じゃあ、さっきエリーが持ってきたのは・・・!

「どうした、ダグラス?顔が赤いぞ?」
様子のおかしいことに気づいたハレッシュが、ダグラスの目の前で手をひらひらさせた。ダグラスは、目の焦点が合わないまま呟いた。
「しまった・・・」
「ん?」
「知らなかったんだ・・・」
「あ?」
「俺は知らなかったんだ。知らなかったんだよ!!
ダグラスは唐突にハレッシュの肩を掴み、激しく揺さぶった。
どうしてもっと早く教えてくれなかったんだよ!!!
「ど、どうしてと言われても」
くっそう、エリーはどこだ!!
「ど、どこだと言われても」
くっそー!!
走り去るダグラスを見送りながら、ハレッシュはわけがわからず、目を白黒させた。


アカデミーのロビーに走り込んで来たエリーは、売店の前にいるアイゼルの姿に目を留めると、一直線に駆け寄った。
アイゼル〜〜〜!!!
「きゃああっ!!ちょっと、どうしたのよ!」
アイゼルは驚いて、飛びついてきたエリーを受け止める。
うわあぁん!!
「ここはアカデミーよ、静かになさい!もう、ひどい顔ね。みっともないったら・・・」
アイゼルはハンカチを出し、涙でぐしゃぐしゃになったエリーの顔を拭いた。そのまま腕を引いて、隅の方に連れてゆく。
「さあ、お話しなさいな。一体何があったのよ?」
「う・・う・・・ふ・・えうっ、これ・・・」
エリーはしゃくりあげながら、抱えていた箱を差し出した。アイゼルは受け取って、中身をのぞく。
「ショコラーテのケーキ?・・・エリー。わたしにそういう趣味はなくってよ」
「ち、違うよう、アイゼルへのプレゼントじゃないよ〜」
「冗談よ。誰にあげるつもりだったの?あの失礼で無作法なお城の門番?」
エリーはアイゼルの言葉にぴくりと反応し、新たな涙をぽろぽろとこぼした。
「やっぱりそうなのね」
アイゼルはため息をついた。しばらく泣きじゃくるエリーを思案顔で眺めていたが、やがて先を促す。
「で?」
「・・・くだらないって言われた」
「なんですって、バレンタインのプレゼントがくだらないと言うの?」
「うん。こんなの欲しくないって、返された」
「まああ!」
アイゼルは両手を広げ、頭を振った。
「ひどいわね。最低だわ」
エリーは泣きながらこくっとうなずいた。
「わたし、徹夜で何日も研究して、美味しいの作ろうって頑張ったのに。ふえぇん、ダグラスのばか!人の気持ちなんて、全然考えてないんだから。もうやめる!ダグラスなんて絶交だよ!大、大、大、大っ嫌いー!!」
「そうよ、もうそんな男よしなさい。大体、わたしは最初から気に入らなかったのよ。騎士のくせに大雑把でいい加減だし、頭は筋肉で知性のかけらもないし、そのくせ態度は大きくて人のことをばかにしてるし、自分勝手で自己中心的で協調性ってものに欠けてるし」
アイゼルの口からよどみなく流れ出る悪口を聞きながら、エリーはうっすらと顔を赤らめた。アイゼルは、かまわずさらに言い募る。
「さすが田舎で野蛮に育っただけあるわね。あんな男のどこがいいのか、わたしにはとうてい理解できないわ。サルの方がまだ人間味があるかもしれないわね」
エリーの顔がますます赤くなる。とうとう、我慢できなくなったのか、口を開いた。
「そ、そこまでひどくないよ。正義感強いし、いざというときは頼りになるし、優しいとこも・・・」
「どこが」
アイゼルはふん、と鼻を鳴らす。
「エリーが一生懸命準備したバレンタインのプレゼントを、ひどい言葉で一蹴にしたんでしょう?人でなしでなければ、普通そんなことはできなくてよ。最低最悪。女の敵だわ」
「そうだけど・・・あれは、でも・・・わたしが仕事の期日守れなかったのも、悪かったし・・・」
「あら、それじゃあなた、ダグラスの依頼の期日を破りながら、別のものを持って行ったの?」
エリーはちょっとひるんだ表情をみせたが、首を振った。
「ううん、ダグラスの依頼の期日はまだ・・でも、ミルカッセのと、酒場のが間に合わなくて」
「それで、どうしてダグラスが怒るのよ?別に、あの人は困らないでしょう?」
「え・・と・・・多分、わたしのことを、心配、したんじゃ・・・」
そんなことには全く思いが至っていなかったのか、自分の言葉に戸惑いながら、エリーの声がだんだん小さくなってゆく。
「ふうん、そうかしら?」
アイゼルはにやりと笑って反論した。
「いいこと、考えてもごらんなさいよ。あの筋肉頭さんに、エリーの錬金術師としての信用を心配して、わざと厳しく突き放すなんて、そんな気の利いたことができると思って?」
「・・・・・」
エリーはおずおずと目を上げる。
「アイゼル・・・」
「何よ?」
「わたしは、ダグラスはそのつもりだったんだと思う・・・」
「ええ?!まさか!」
アイゼルは大げさに驚いてみせる。それに反発するかのように、エリーの目に確信の光が宿った。
「そうだよ。きっと、そうだよ。ダグラスは意味もなく人を傷つけるような人じゃないもん」
アイゼルは呆れたように肩をすくめた。
「騙されてるわ、あなた」
「そんなことない!」
エリーはむきになって言い返す。
「絶対、そうだよ。ダグラスは、心配してくれてたんだよ!」
「そうだとしても、乙女心を踏みにじるなんてあんまりだわ」
「それは・・・きっと、ダグラスはプレゼントの意味がわからなかったんだよ」
「あら、どうして?2月14日のショコラーテ菓子の意味くらい、ジグザール国民なら誰でも知っているでしょう?」
「ダグラスは、カリエル王国の出身だもん!・・・あっ
エリーは自分で自分の言葉に愕然とした。そうだ。ジグザールに来て数年のダグラスは、知らなくてもおかしくない。
アイゼルは妙な表情で口元を押さえた。笑いをこらえているらしい。
そのとき、青い影がアカデミー内に飛び込んできた。影はエリーの姿を認めて走り寄る。
エリー!
「・・・ダグラス?!」
「アカデミー内を走らないでください!」
アイゼルの叱責で我に返って踏みとどまり、ダグラスは息を切らせつつ、早足でエリーの前に立った。
「あー・・・」
しかし、勢い込んでやってきたはいいが、言葉が出てこない。
「その、なんだ」
じれったそうに、ぼりぼりと頭をかく。
「・・・・・・・・・・くれ」
「え?」
「よこせ」
ダグラスは横を向いたまま、ぶっきらぼうに手を差し出した。
「さっきのやつ」
「・・・・・!」
エリーは我に返ったように、ケーキの箱を差し出した。
「はい」
ダグラスは箱を受け取り、しばらくためらった後、挑むような目でエリーに向き直った。
「俺がもらって、いいんだな」
「・・・うん、いいよ」
「俺が一人で食うぞ。誰にもやらないぞ。いいな!」
首まで真っ赤になったダグラスの、これが精一杯の言葉だった。
エリーはこみ上げるものを呑み込んで、晴れやかに笑った。
「うん!」


≪おまけ≫

「・・・やれやれ、ね」
アイゼルは苦笑しながら、寮に向かって歩いていた。
「わたしだってダグラスの照れ屋でまっすぐな性格くらいわかってるのに、エリーったら目の前のことに一喜一憂して振り回されちゃってるんですもの。ちょっとくらい察してあげればいいのに、おばかさんね。ダグラスだってそう。女の子が顔を赤らめてプレゼント持ってきたら、普通何かあると思うでしょうに」
アイゼルはふーっとわざとらしいため息をついた。
「全く、二人とも鈍感なんだから。面倒見きれないわ」
そう言いつつも、一種の満足感に浸っているようだ。
「アイゼル」
ふいにかけられた呼び止める声に、アイゼルの背中がびくんと反応した。
「あ・・・ノ、ノルディス」
聞き覚えのある声に違わず、アイゼルの想い人、ノルディス・フーバーその人が、そこに立っていた。
「な、なにかしら」
声がうわずる。ノルディスの手には、今朝アイゼルがそっと彼の机に置いてきた包みが握られていた。
「これ、アイゼルのだよね。名前が書いてあったよ」
「・・え、ええ、そうよ」
アイゼルは平静を装おうとしながらも、真っ赤になる頬を抑えられなかった。
ノルディスはにっこり笑って、アイゼルの手のひらに包みを乗せた。
「はい」
「・・・え?」
アイゼルは、ぽかんとする。意味がわからず戸惑っていると、ノルディスが言った。
「僕の机の上に落ちてたよ。随分厳重に包んであるけど、大事なもの?」

・・・鈍感が、ここにも一人。

Fin.


≪あとがき≫
はい、いかがでしたでしょうか。
神崎位武さんの33333hitリクエストは「ダグエリでバレンタインもの」でした。
さて、ザールブルグにバレンタインイベントはあるのか。・・・なさそうですね。だけど、「ふたりのアトリエ」には「ショコラ・オ・レ」という飲み物が出てきます。チョコレート(ショコラーテ)出演はOKなようですな!というわけで強行突破。(笑)
でも、チョコレート贈るのなんて日本だけなんですよね。ハレッシュさんも「さあ?」と言っていますが、知らないのも当たり前です。日本の菓子メーカーが始めた習慣だもん。(笑)
ちなみに、ハレッシュさんが説明してるのはほんとの話です。
ミルカッセって、世間知らずゆえにさりげなく残酷ですよね。彼女、結構作るのが大変な依頼をさも簡単そうに頼んでくるんですよ。しかも個数が多い。(泣)
アイゼルは、かなり都合のいい役回りになりました。いやにお姉さんだなあ。
全体的に、なんだか無理やりな話ではありますが、ラストは不器用に遠回りしつつも近いという雰囲気が出せて、良かったかなと思います。最後のおまけは個人的に入れたかっただけです。(笑)
神崎位武さん、33333hitありがとうございました。(^-^)


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