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新年の伝説


ザールブルグの憩いの酒場、飛翔亭。
ドアを開けると、軽妙な音楽の中、冒険者や街の人たちがにぎやかにグラスを傾けていた。
なんだかいつもより随分と客が多い。・・・と思ったら、今日は5日だ。
南方出身の踊子、ロマージュ・ブレーマーの契約日である。
彼女は毎月5日にいつもそうであるように、軽快に弧を描きながら、酒場の一角に視線を集めていた。 さらりと長い銀髪、浅黒くなめらかな肌、完璧なボディーラインとしなやかな動きは酒場の男たちを魅了してやまない。
しかし、今日は共に笑いさざめき、拍手を送る気分にはなれなかった。
ダグラスはにぎやかな店内に背を向けるようにして、カウンターに席を陣取った。

「あら、なにをふてくされてるの、坊や?」
艶のあるけだるい声に顔を上げると、いつのまにか脇にロマージュが立っていた。
「ここ、いいかしら」
そう言って、ダグラスのとなりに腰掛ける。
「・・・踊りは?」
「休憩中よ。マスター、幸福のワインを一杯くださる?」
「おう、いいのが入ってるぜ。エリーのやつがじっくり寝かせたやつをもってきてくれたんでな」
ディオの口からエリーの名前が出た途端、ダグラスの表情がこわばった。
それを横目でちらりと見たロマージュは、切れ長の目を細めた。
「・・・もしかして、恋の悩み?

「うふふふ、わかりやすいのね、あなた」
ロマージュは楽しそうに笑った。
「それで?エリーちゃんと何があったの?」
「ベ・・・別に何もありゃしねえよ。ど、どうしてそこでエリーが出てくるのかさっぱりわかんねえな」
「うふ、と・ぼ・け・な・い・の。お姉さんに相談してごらんなさい?」
「何で俺が・・・」

ギィッ。

そのとき入口のドアが勢いよく開き、
こんにちはー!
飛び込んできた声に驚いて、ダグラスは椅子から落ちそうになった。
「あーっ、ダグラスまたさぼってるぅ!」
入ってきたエリーは、小走りにカウンターの方へ近づいた。ロマージュはふき出しそうな顔で、二人を見比べている。
「いいんだよ、城の方はちゃんとエンデルク様が守ってるんだから」
「いっつもそんなこと言って。でも丁度よかった、また採取につきあってくれない?」
「どこに行くんだ?」
「ちょっと遠いんだけど、東の台地。月の実が必要なの」
「ああ、あのくそまずい実・・・」
「あれを食べるのなんてダグラスくらいだよ!ノルディスがね、調合に使うの」
ダグラスの顔色が変わった。
「・・・だったらあいつが自分で採りに行けばいいじゃねえか」
「だめなんだよー、ノルディスはどうしても行けないの。時間があんまりないし・・・」
ダグラスはむっと黙り込んだ。
見ていたロマージュが、そのダグラスとエリーの間に割って入った。
「いいわねえ、東の台地。わたしも久しぶりに行きたいわあ」
「あ、丁度あと一人探そうと思ってたんです。ロマージュさんも一緒に行ってもらえますか?」
「いいの?じゃあ同行させていただくわ。坊やとエリーちゃんと一緒だなんて、楽しみねえ」
「俺はまだ行くとは・・・」
「あら。断ったりしないわよねえ。ほかならぬエリーちゃんの頼みですもの。それに、市民の護衛は騎士の立派な仕事でしょう?」
「おい・・・」
「ほら、さっさと帰って仕度しなさいな。エリーちゃん、明日の朝でいいかしら?」
「はい!よろしくお願いします」
断れなくなってしまった。
ダグラスは諦めと共にため息をついた。


東の台地についた一行は、1日を採取に費やした後、そこにキャンプを張った。
すっかり日の落ちた薄暗い景色の中、3人は倒木に腰掛け、焚き火を囲んでミスティカティをすすった。 もう秋も終わりに近づいているので、さすがに夜は寒い。

「今夜はちょっと冷えるわねえ。でも、星がきれい」
ロマージュはうっとりと空を見上げた。
「月の実、いっぱい採れたね!」
エリーはほくほく顔で籠の中身を確認した。
「どれくらい滞在するつもりだ?」
ダグラスに問われ、エリーは小首をかしげた。
「うう〜ん、せっかく来たし、今の時期だと宝石草のタネなんかも手に入るかもしれないし・・・。 でもあんまりゆっくりもしてられないんだよね。5日くらいが限度かなあ・・・」
「どうしてそんなに急ぐんだよ」
エリーは急にもじもじし始めた。
「ん?え〜と・・・ノルディスが、新年までに作りたがってるものがあるから」
「新年?まだ一ヶ月半も先じゃねえか」
「作るのに時間がかかるの。ダグラスは知らないと思うけど、錬金術のアイテムの中にはね・・・」
「ああ、どうせ俺は何も知らねえよ!」
ダグラスはむくれてそっぽを向いた。
「そんな、怒ることないのに・・・」
「うふ、そうよねえ。坊やには坊やのいいところがあるでしょ?ね、エリーちゃん」
「そうだよ。ダグラスは強いし、その上エンデルク様にも目をかけられてる聖騎士じゃない。 それに錬金術のことなんて、普通知らなくて当たり前だよ?」
「・・・でもエリーは俺と話しててもつまんねえだろ」
「え?なんで?」
エリーはきょとんとして目を見開いた。
「そんなことないよ」
「嘘つけ。あいつと話してるときの方が、お前生き生きしてるよ」
「あいつって?」
そこへロマージュが口を挟んだ。
「つ〜ま〜り〜・・・坊やは“ノルディスくんと話してるときの方が楽しそう”って言いたいのね?」
「なっ・・・!」
ダグラスは真っ赤になってエリーの向こうにいるロマージュを睨んだ。 笑いを含んだ目の下で、ロマージュの口が“や・き・も・ち”と動く。 ダグラスは開いた口が塞がらない。
「ええ〜、そんなあ。ノルディスと話してると、確かに勉強になるけど・・・ 純粋に楽しいって言ったら、わたしダグラスと話してるときの方が楽しいよ?」
ダグラスの表情が驚いたように一瞬緩んだ。が、すぐ渋い表情に戻る。
「・・・・・気を遣ってんじゃねーよ」
「本当だよ。どうしてそんなこと言うの?」
「・・・・・・・」
「もしかして、この前うちに来たとき、ノルディスが来てて、帰ってもらったから?」
・・・図星らしい。エリーは顔を曇らせた。一方、ロマージュはしきりに肩を震わせて、笑いをこらえている。
「気にしてるのなら、ごめんね。でもあれは今回のことと関係した、相談をもちかけられてたからで・・・ 別に楽しいおしゃべりを邪魔されたくないとか、そういうのじゃないよ」
「・・・ふーん」
「あのときちゃんと説明できればよかったんだけど、内容が内容だったから」
エリーはしゅんとしてうつむいた。
「ダグラスが怒ってるなんて知らなかったよ。わたし、気が利かないから・・・」
それから上目遣いに、おそるおそるダグラスを覗き込む。
「・・・ごめんね?まだ怒ってる?」
「別に、怒ってたわけじゃねえよ」
「そう?」

「さて、と」
ロマージュはそんな二人を横目に、楽器を持って立ち上がった。
「星を見ながら一曲やろうかしら。・・・ここじゃ焚き火がまぶしすぎるわねえ」
そう言ってダグラスにウインクをよこし、席を外す。やがて少し離れた木陰から、優しい音色が流れ始めた。
「きれいな曲・・・」
エリーは目を閉じて聴き惚れた。が、ダグラスはそれどころではない。

なんなんだ、なんなんだあのウインクは。よろしくやれってことか?ば、ばかやろう! そんな、どうしろってんだ、あのねーちゃん、余計なことしやがって。 こっちはこっちで心の準備ってもんが・・・!

こつん。

肩に軽い感触が走り、ダグラスははっと顔を上げた。
見ると、傍らに座っていたエリーの頭がすぐそばに、ダグラスの肩の上にある。
体感温度が一気に上昇した。

どどどどど、どうすりゃいいんだ!!俺、わかんねえんだよ!だれか教えろ!! エ・・・エリーも黙ってねえでなんか言えよ!リアクションのとりようがねえよ!! 助けてくれ!!おい、ねーちゃん戻ってこいよ!!

しかし、ロマージュが戻ってくる気配はない。
ダグラスは意を決して、エリーの方へ顔を向けた。
エ、エリー・・・
「・・・・・」
あの、その・・・なんだ
「くふー・・・」
ええと・・・ん?
「すー・・・」
エリーは幸せそうに寝息を立てていた。ロマージュの音楽が、子守歌になってしまったらしい。
・・・・・・・・・・
ほっとした、ような。がっかり、したような。
「なんだよ・・・」
やっぱり、がっかりしたらしい。

・・・しかし、寒いな。こいつ、こんな寝方してると風邪ひくぞ。向こう側の肩なんか、寒そうだよな・・・。
え、ええと・・・やっぱり、この場面は・・・か、肩を抱く、とか、した方がいいかもな。
いやその、別にへんな意味じゃなくて、こいつが風邪ひくといけねえから。うん。
自分に言い訳をしつつ、ダグラスは汗ばんだ左手を握り締めた。
よ・・・よし。

そろそろと、エリーの肩の上まで腕を持ち上げる。ロマージュの奏でる音楽にものせられて、気分はいやが応にも高揚する。
い・・・行くぞ。


挿絵:綾姫

肩に手を置こうとした、その瞬間。エリーがふいに眉を寄せ、寝言らしきものをつぶやいた。

「うう〜ん、ノルディス・・・」

一気に、すべてが急降下した。青ざめたのが、自分でもわかる。
ダグラスは無言で身を引き、その場にエリーを横たえた。
毛布をかけ、自分も少し離れて横になる。
頭の中では、エリーの寝言がいつまでもぐるぐると回り続けていた。


翌日からのダグラスは、終始無言。ロマージュは彼の様子にしきりに首をかしげていた。
しかし、宝石草のタネを3つも見つけてしまったエリーは、喜んでそれどころではなかったらしい。
スキップしそうな勢いで帰途についた。

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