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天使の歌声


冬の夕方は、急いでやってくる。
ノルディスは空を見上げ、少し歩を速めた。
赤い屋根の家の前へくると、ふっと息をつき、軽くノックする。
“アトリエ・エリー”と書かれた看板が、風に揺れていた。
「はあい、開いてます・・・」
ノックに答える声。ノルディスは首を傾げた。
いつものエリーらしくない、覇気のない声だ。
ドアを開けると、やや薄暗い室内で、エリーは明かりもつけず半ば放心状態といった様子で、ぐったりとテーブルに突っ伏していた。
「ノルディス、いらっしゃい・・・」
エリーは顔だけこちらに向けたが、体を起こそうともしない。仕事を頼むつもりだったが、どうやらそれどころではないようだ。
「どうしたの、エリー。具合でも悪いの?」
ノルディスはエリーの顔を覗き込んだ。目が合う。エリーの顔が歪む。
「うう・・・ノ〜ル〜ディ〜ス〜うう」
エリーはノルディスにしがみついた。
どおおしよおおお!とんでもないことしちゃったよおお!!
「な、何!?何があったの?とんでもないことって・・・」
うろたえるノルディスの周りを、妖精さんたちが途方にくれたような顔でうろうろ踊っている。
「君たち、何か知ってる?」
「ううん」
「知らない」
「おねえさん、帰ってからずっと元気ないから」
「ぼくたち、励まそうと思って」
「ずっと踊ってるんだけどサ」
「ぜんぜん見てくれないの」
「ね」
「帰ってからって・・・今日のこと?」
妖精さんたちは頷いた。
「昨日までは元気だったよね」
「依頼品がうまくできたって喜んでて」
「難しかった本もやっと意味がわかったって」
「今日も朝からはりきって」
「依頼品届けにいくってサ」
「スキップしてたのに」
「ね」
「そうか、じゃあ・・・依頼品届ける前に落として駄目にしたとか?」
エリーはノルディスの腕の中で首を振った。
「違うの・・・そんなんじゃないの・・・。依頼品はちゃんと届けて、ディオさんも喜んでくれて、報酬に色もつけてくれたんだけど・・・」
「だけど、何?」
「外に出たら、そこに何人かの人がいて、のど自慢大会の話をしてたの」
「のど自慢大会?ああ・・・そういえば、今月だったね」
「なんか、武器やの親父が出なければうまくいくとか、怪物の方がまだうまいとか、そういうこと言ってて」
「それは僕も聞いたことがあるよ。永久追放とか言われてるらしいね」
「そしたら、丁度おじさんが来て、今年も出る、俺様の声を聴きたい奴だっているんだって怒り始めたから、 じゃあ誰かにおじさんの歌を聴きたいかどうか聞いてみようってことになって・・・あたしが捕まっちゃったんだよ」
「うん・・・それで?」
「おじさんが聴きたいって言ってくれって、泣きながら頼むから、あたし、可哀想になっちゃって・・・“聴きたいです”って言っちゃった・・・」
えええ!?
「だってあたし、知らなかったんだもん!おじさんの歌、聴いたことなかったから!」
エリーはすがるような目でノルディスを見上げた。
「街の人に一生恨むとか言われて心配になって、おじさんの後を追って武器屋に行ったら、おじさん、地下で秘密特訓するって張り切ってて・・・ ためしに歌ってみせてって言ったら、歌ってくれたんだけど・・・」
エリーはぶるっと身震いした。
失神するかと思った・・・
「・・・・・・・」
何とも言いようがない。ノルディスも昔一度、聴いたことがあるが、あれでは怪物も逃げ出すだろう。あの時は、気分が悪くなって3日寝込んだ。
「ねえ、どうしようノルディス、みんなのど自慢大会楽しみにしてるのに、あたしのせいでぶち壊しになったら、 あたし、申し訳なくて街のみんなに顔向けできないよ。おじさんだって傷つくと思うし」
「うーん・・・おじさんを出場させないだけなら、色々方法はあるけど・・・」
「それはあたしも考えたの。でも、おじさんあんなに張り切ってるし、楽しみにしてるから、がっかりするだろうなって思うと・・・」
うーん、八方丸く収める方法か。それは、難しいなあ。
しかし、しきりに人の気持ちを思って頭を悩ませているエリーの優しさに、何とか応えてあげたい。
「わかった、僕も考えてみるよ。大丈夫、きっと何とかなるから」
「ノルディス・・・」
エリーの顔に、やっと笑みが浮かんだ。
「ありがとう。やっぱり、持つべきものは友達だね!」
そう言って、きゅっと手を握る。嬉しいが、そのしぐさがあまりに無邪気で、少し淋しい。友達、か・・・まあ、いいけどね。 今のところ、武器屋のおじさんと変わらないレベルに置かれてる気もする・・・。
「よかった!おねえさん笑ったよ」
「ばんざあい!」
「ありがとう、おにいさん」
「これでぼくたち」
「こころおきなくサ」
「楽しく踊れるよ」
「ね」
「こ〜ら、妖精さんたち!楽しく踊れる、じゃないでしょ。お仕事は?」
でも、すっかり気を取り直したらしいエリーを見ると、心が和む。
少なくとも、この笑顔は今、僕が作ったんだ。
錬金術で今まで生み出したどんなアイテムより、価値あるもの。
まだ、評価Sとはいかないけれど。
知らないんだろうな、エリーは。
自分の笑顔の効力を。


ノルディスはその夜から、自分の研究を脇に押しやって、必死で解決策を模索した。その作業は、不思議に楽しかった。 まあ、もともと書物の解読や調合が趣味のようなものではあるが。
それから10日程経って、ようやく、ノルディスは満足の笑みを浮かべた。
「できた・・・」
エリーの喜ぶ顔が、目に浮かんだ。


エリーは、想像と違わぬ笑顔でノルディスを迎えた。
「ありがとうノルディス〜っ!!あたしも考えたけど、全然駄目で・・・ノルディスがいてくれてよかったああ!!」
「そんな、まだ成功した訳じゃないんだから」
「ううん、ノルディスが考えてくれたんだもん。絶対うまくいくよ!で、そのアイテムは?」
策の内容も聞かずにはしゃぐところが、どこまでもエリーらしい。
「のど飴だよ。声をよくするんだ。これで少しでもおじさんの歌声が緩和できたら、みんなにも被害は及ばないし、 おじさんも歌を聴いてもらえて満足するだろうと思って。必死に考えた割には、単純な策だけど」
ノルディスは知らないが、それはあの伝説の人、マリーさえどうしても作ることのできなかったアイテムである。 エリーの敬愛するマリーを知らずに超えてしまったことになるが、 マリーが在学中手に入れることのなかった材料をノルディスが手にしていたということと、 取り組む姿勢が違ったという二点でそれがかなったのだろう。
エリーはそうとも知らず能天気に笑った。
「ううん、いいよ、それいい!のど飴なら、おじさんにも不審に思われないし」
「じゃあ、21日に一緒に中央広場へ行こう」
「えっ、いいの?ノルディス、人がたくさん集まるところとか、騒がしいの苦手でしょ?」
「喧騒と音楽は別だよ。それに、アイテムの効果も見届けたいし」
「そっかあ。えへへ、ノルディスと二人でお出かけするのなんて、初めてだね」
言われてハッとする。そう言われると。まるで、デート・・・みたいな。
「そう・・・だね」
「嬉しいなあ!」
うーん・・・僕も嬉しいけど・・・エリーのはニュアンスが違うような・・・。
なんでこんなに無邪気なんだろう。
エリーだってお年頃なはずなのにさ。
それだけ、“対象外”ってことか・・・。
別に、いいけどさ・・・・・。
よくない。


のど自慢大会当日は、すぐにやってきた。
中央広場には、ステージが設置され、いつもより華々しい雰囲気に周囲は沸き返っている。 細長い板を渡してしつらえてある、簡易の観客席用ベンチは、早くも8割方、人で埋まっていた。
ノルディスとエリーは、ステージ裏に回って、出場者が控えているテントを覗いた。
「おじさん、いる?」
「うーん、いないみたいだね」
「えー、じゃあ、出場しないことにしたのかなあ」
「エリー、なんだか残念そうに見えるのは、僕の気のせいかな・・・」
よう、てめえら!
背後であがった威勢のいい声に驚いて振り向くと、武器屋の親父がいつものように腕組みをして、ニカッと笑った。 ・・・やっぱり出場するつもりらしい。
「あ、おじさん!」
「二人そろって、わざわざ俺の応援に来てくれたのか?くぅ〜!嬉しいねえ」
武器屋の親父は上機嫌で二人の背中を叩いた。
「ま、期待しててくれよ。特訓の成果を見せてやるからな!」
どんな特訓だろう。噂によれば、夜になると武器屋周辺で地響きが起きていたとか・・・。
「おじさん、あの、が・・・がんばってくださいね」
「おう!まかしとけ!うおお、燃えてきたぜ!!
武器屋の親父はやる気充分だ。
「あの・・・これ、差し入れです」
「ん?なんだいこりゃあ」
「のど飴です。声の調子が良くなるように」
「てめえら・・・」
武器屋の親父はうるうるっと目を潤ませた。
うおおおお!!!
「ひゃあっ!」
「うわっ!」
突然の雄叫びに、二人は飛び上がった。
「お、おじさん・・・」
俺は今、モーレツに感動している!!俺はやるぜ!!
「は、はあ・・・」
ありがとよ!俺は幸せ者だあ!
「のど飴、ちゃんとなめてくださいね」
おうよ!ありがたくいただくぜ!
武器屋の親父はのど飴にちゅっとキスすると、二人にウインクをよこした。
!!!
い・・・いけないものを見てしまった。駄目だ。完全にイッちゃってる。
新たな罪を増やしてしまったような気持ちにさいなまれながら、二人は控えテントを後にした。

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