ノルディスは、顔面蒼白だった。
そんなバカな・・・!!
「ノ、ノルディス、ちょっと、効きすぎなんじゃない?」
「ちょっとどころじゃないよ、明らかに効きすぎだよ・・・!」
「効力、落としたって言ってたよね?」
「うん。それに、自分でなめてみて、ちゃんと確かめたんだよ?おかしいよ、どう考えてもこんなに効くはずは・・・」
そのとき。
ハッと、思い当たることがあった。
あのときの、武器屋の親父の豪快な笑顔。
真っ白で丈夫そうな歯。
まさか・・・。
「あののど飴、なめずにがりがり噛んで飲み込んだんじゃ・・・」
飴は、なめるもの。そう思っていたが・・・。
やりそうである。武器屋の親父ならやりそうである。というか、絶対やる。
噛まれた刺激で有効成分が爆発的にパワーアップし、しかもそれが一度にのどを刺激して・・・。
「ちょっと、ノルディス・・・みんな、魅了されてるみたい」
確かに、そういう成分も入れた。ノルディスやエリーは、経験上、いくらか抵抗力があるが、街の一般民にはそんなものはない。
「どうしよう、もしかしたら、おじさん優勝しちゃうかもしれないよ?」
もしかしたら、ではない。
確実だ。
嵐のような拍手の中で、ノルディスはもう、何も考えられなかった。
やっと我に返ったのは、プログラムも後半になってからである。
横を見ると、エリーが心配そうにこちらを見ていた。
「エリー、僕・・・ごめん・・・」
エリーは首を振った。
「ううん、ノルディスはがんばってくれたもん。それに、一応目的は達成されたんだし」
「でも、この後武器屋の親父さん、きっと有頂天になって・・・」
ますますあちこちで歌おうとするだろう。その度にのど飴を作ってもっていくわけにもいかない。
「後のことは、後のことだよ。今はみんな喜んでるじゃない。元気出して、ね?」
「エリー・・・」
「そんな顔しないで。今は楽しもうよ。せっかくのデートなんだから」
「そうだけど・・・って、え?」
ノルディスの顔が紅潮した。
「デ、デート?」
「あれ、違うの?ふたりで待ち合わせしてお出かけするのって、デートじゃないの?」
「そ、そうだ、ね。そういえば・・・うん、そうだよ」
「あたしね、ずっとノルディスとデートしたかったんだ」
「そう・・・え、ええっ!?」
「ミルカッセさんとしか、したことなくて。本当は、アイゼルともしたいんだけど」
「・・・・・・・・。」
やっぱり、ニュアンスが違うよ、エリー・・・・・。
だが、一時的に激しく気分が高揚したので、ブルーな気持ちは押し出されて、どこかへ行ってしまっていた。
そうだ。エリーの解釈はともかく、これはデートなんだ。楽しまなくちゃ損だ。
ノルディスは気を取り直して、エリーに笑いかけた。
エリーもそれを見て安堵の微笑を浮かべ、ステージに目を向けた。
そうしてふたりも楽しい気分になってきたころ。
プログラムが終わり、審査結果が発表される時間がやってきた。
『みなさん、素晴らしい歌声をありがとうございました。それでは優勝者の発表です。優勝者は・・・
エントリーナンバー1番、武器屋の親父さんです!!』
やっぱり・・・。
予想はしていたので、ショックではなかった。
割れるような拍手の中、武器屋の親父は満面の笑顔をたたえ、優勝トロフィーと花束を受け取った。ガッツポーズに、会場が沸く。
「オ・ヤ・ジ!オ・ヤ・ジ!」
オヤジコールまで沸き起こる始末。頼むから、そんなにおだてないで欲しい。
『それでは、優勝者の武器屋の親父さんに、もう一度歌っていただきましょう!』
・・・えっ。
あまりの歓声に小さくなってうつむいていたノルディスは、思わず顔を上げた。
もう一度?
すうーっと血の気が引いてゆく。
「どうしたの、ノルディス」
エリーがノルディスの様子を不審に思って声をかけた。
「だめだ・・・」
「え?何が」
「だめだ、歌っちゃ」
「どうして?」
「あれだけ効果が凝縮されたんだ・・・絶対、もう効果は切れてる!」
「えええっ!!!」
しかしもう、遅かった。
耳を澄ましていた分、観客の被害は甚大だった。
それ以上のことは・・・・あえて語るまい。
エリーの役に立てなかった。
それどころか、事態を更に悪化させてしまった。
今日は間違いなく、人生最大、最悪の日だ。
ノルディスは、まともに歩くことも出来ないほど激しく落ち込んでいた。
逃げるように会場を後にしたが・・・隣を歩くエリーと、それから一言も言葉を交わしていない。こわくて、顔を見ることも出来ない。
沈んだエリーの顔なんて見たくない。
自分のせいなら、尚更だ。
「ノルディス」
エリーの声。ノルディスは、ハッと身を硬くした。
「大丈夫?」
しかし、次の言葉は意外にも、気遣いに満ちていた。思わず振り向くと、エリーの心配そうな瞳にぶつかった。
「すごかったもんね、おじさんの歌。気持ち悪くなっちゃった?」
ノルディスがふらふらしているのは、武器屋の親父の歌のせいだと思っているらしい。いや、まあ、それもあるのだが。
「工房で休んでいく?」
「エリー・・・今日のこと、気にしてないの?」
「今日のこと?うん・・・みんなに迷惑かけちゃったのは残念だけど、もういいよ」
「よくないよ。僕が余計なことをしたばっかりに」
「ノルディスは悪くないよ。もとはといえば、あたしが種をまいたことだもん」
「でもそれじゃ、僕の気持ちがおさまらないよ。それに、街のみんなに恨まれるだろうし・・・」
「ごめんね、巻き込んじゃって。でもノルディスのせいじゃないって、あたしがみんなに話すから」
「そういう意味じゃないよ。僕はいいんだ。ただ、エリーが」
「ほんとにいいの!あたしは大丈夫。下がった人気と信頼は、これから取り戻せばいいし、それに」
エリーの表情が、ほんの少し変化した。ほんの少し。だけどその顔は、なぜかノルディスの心臓を掴んで、大きく揺さぶった。
「こうなってみて、わかったんだけどね・・・あたし、ノルディスさえいてくれたら、誰に嫌われても平気だよ?」
「・・・・・・・!」
耳の奥にしみわたったその一言は、どんなに崇高な天使の歌声よりも優しくノルディスを暖めた。
そのニュアンスは。
エリー、今度は違わないって思っても、いいかな?
ノルディスの目の前で、エリーは照れくさそうに笑った。
今日は間違いなく、人生最大、最高の日だ。
やけに暑い、冬の夕暮れだった。
≪あとがき≫
一応、レシピです。(もちろん架空)
のど飴《天使の歌声》
なんか、簡単だな・・・これじゃ量産できちゃう・・・。(汗)
この小説は、綾姫のエリアト小説第一作目です。なんか、無謀に書いてますね。
武器屋の親父さんが大活躍。しかもカウンターテナー。(笑)
天使の歌声って・・・シャルロット・チャーチばりの歌声だったのかしら。それってある意味犯罪。
ノルアイも好きですが、今回はノルエリです。ノルエリは、なんかほほえましくていいですよね。
しかし、オリジナルアイテム。
ある意味とんでもないアイテムになってしまった。途中で気付きました。マリーが作
れなかったものだって・・・。
ま、これは娯楽作として、イロイロ細かいところは見逃してください。
魅了の粉 0.6
オニワライタケ 1.0
ハチミツ 2.4
中和剤(緑) 1.1
使用器具
片手鍋とランプ