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ポポン、ポン。
景気のいい爆竹の音。
いよいよ、のど自慢大会がはじまった。
「な・・・なんだかどきどきするよ」
「おじさん何番目かなあ」
『それでは、おまたせいたしました。最初に歌っていただくのは、エントリーナンバー1番、武器屋の親父さんです!!』
えええ!!
なんと、1番!
多分、いやなものは最初に済ませてしまい、後から耳直しをしてなんとか気持ちよく終わろうという算段なのだろう。
おじさんはブーイングの嵐の中、そんなものは耳に入らないかのように自信満々でステージに立った。
会場のあちらこちらで、こそこそと耳栓の用意をする姿が見受けられる。
「大丈夫かな、のど飴効くかな・・・」
「大丈夫だよ。不自然に効きすぎてもいけないから、効力はちょっと落としてあるけど、全然効かないってことは絶対にないよ」
「そうだよね。ノルディスが作ったんだもん」
ノルディスのオリジナル調合は、半分あてずっぽうのエリーと違って、入念な研究と準備に基づいている。 だから、初めて作るものでも最初からAランクだったりすることが多い。それで、効力を落とす必要もあったのだろう。
さて、いよいよ問題の武器屋の親父の歌である。
楽団による伴奏が始まり、親父が息を吸う。会場に緊張が走った。
と、次の瞬間。
美しいカウンターテナーの歌声が、会場の空気を震わせた。
観客は驚いて、きょろきょろとあたりを見回した。
やがてその視線は武器屋の親父に集まる。
初め、誰も信じなかった。
しかし、確かに武器屋の親父は歌っている。
驚愕。
その、一言に尽きる。
耳栓をしていた人々も、周りの様子に気づいて耳栓を外し始めた。
まさにそれは、天使の歌声。
空を飛ぶ鳥たちも、自然に武器屋の親父の周りに集まってくる。
鳥に囲まれて歌う、武器屋の親父。
会場は、次第にその歌声に酔いしれる・・・・・。

ノルディスは、顔面蒼白だった。
そんなバカな・・・!!
「ノ、ノルディス、ちょっと、効きすぎなんじゃない?」
「ちょっとどころじゃないよ、明らかに効きすぎだよ・・・!」
「効力、落としたって言ってたよね?」
「うん。それに、自分でなめてみて、ちゃんと確かめたんだよ?おかしいよ、どう考えてもこんなに効くはずは・・・」
そのとき。
ハッと、思い当たることがあった。
あのときの、武器屋の親父の豪快な笑顔。
真っ白で丈夫そうな歯。
まさか・・・。
「あののど飴、なめずにがりがり噛んで飲み込んだんじゃ・・・」
飴は、なめるもの。そう思っていたが・・・。
やりそうである。武器屋の親父ならやりそうである。というか、絶対やる。
噛まれた刺激で有効成分が爆発的にパワーアップし、しかもそれが一度にのどを刺激して・・・。
「ちょっと、ノルディス・・・みんな、魅了されてるみたい」
確かに、そういう成分も入れた。ノルディスやエリーは、経験上、いくらか抵抗力があるが、街の一般民にはそんなものはない。
「どうしよう、もしかしたら、おじさん優勝しちゃうかもしれないよ?」
もしかしたら、ではない。
確実だ。
嵐のような拍手の中で、ノルディスはもう、何も考えられなかった。

やっと我に返ったのは、プログラムも後半になってからである。
横を見ると、エリーが心配そうにこちらを見ていた。
「エリー、僕・・・ごめん・・・」
エリーは首を振った。
「ううん、ノルディスはがんばってくれたもん。それに、一応目的は達成されたんだし」
「でも、この後武器屋の親父さん、きっと有頂天になって・・・」
ますますあちこちで歌おうとするだろう。その度にのど飴を作ってもっていくわけにもいかない。
「後のことは、後のことだよ。今はみんな喜んでるじゃない。元気出して、ね?」
「エリー・・・」
「そんな顔しないで。今は楽しもうよ。せっかくのデートなんだから」
「そうだけど・・・って、え?」
ノルディスの顔が紅潮した。
デ、デート?
「あれ、違うの?ふたりで待ち合わせしてお出かけするのって、デートじゃないの?」
「そ、そうだ、ね。そういえば・・・うん、そうだよ」
「あたしね、ずっとノルディスとデートしたかったんだ」
「そう・・・え、ええっ!?
「ミルカッセさんとしか、したことなくて。本当は、アイゼルともしたいんだけど」
「・・・・・・・・。」
やっぱり、ニュアンスが違うよ、エリー・・・・・。
だが、一時的に激しく気分が高揚したので、ブルーな気持ちは押し出されて、どこかへ行ってしまっていた。
そうだ。エリーの解釈はともかく、これはデートなんだ。楽しまなくちゃ損だ。
ノルディスは気を取り直して、エリーに笑いかけた。
エリーもそれを見て安堵の微笑を浮かべ、ステージに目を向けた。

そうしてふたりも楽しい気分になってきたころ。
プログラムが終わり、審査結果が発表される時間がやってきた。
『みなさん、素晴らしい歌声をありがとうございました。それでは優勝者の発表です。優勝者は・・・ エントリーナンバー1番、武器屋の親父さんです!!
やっぱり・・・。
予想はしていたので、ショックではなかった。
割れるような拍手の中、武器屋の親父は満面の笑顔をたたえ、優勝トロフィーと花束を受け取った。ガッツポーズに、会場が沸く。
オ・ヤ・ジ!オ・ヤ・ジ!
オヤジコールまで沸き起こる始末。頼むから、そんなにおだてないで欲しい。
『それでは、優勝者の武器屋の親父さんに、もう一度歌っていただきましょう!』
・・・えっ。
あまりの歓声に小さくなってうつむいていたノルディスは、思わず顔を上げた。
もう一度?
すうーっと血の気が引いてゆく。
「どうしたの、ノルディス」
エリーがノルディスの様子を不審に思って声をかけた。
「だめだ・・・」
「え?何が」
「だめだ、歌っちゃ」
「どうして?」
「あれだけ効果が凝縮されたんだ・・・絶対、もう効果は切れてる!
えええっ!!!
しかしもう、遅かった。
耳を澄ましていた分、観客の被害は甚大だった。
それ以上のことは・・・・あえて語るまい。


エリーの役に立てなかった。
それどころか、事態を更に悪化させてしまった。
今日は間違いなく、人生最大、最悪の日だ。
ノルディスは、まともに歩くことも出来ないほど激しく落ち込んでいた。
逃げるように会場を後にしたが・・・隣を歩くエリーと、それから一言も言葉を交わしていない。こわくて、顔を見ることも出来ない。
沈んだエリーの顔なんて見たくない。
自分のせいなら、尚更だ。
「ノルディス」
エリーの声。ノルディスは、ハッと身を硬くした。
「大丈夫?」
しかし、次の言葉は意外にも、気遣いに満ちていた。思わず振り向くと、エリーの心配そうな瞳にぶつかった。
「すごかったもんね、おじさんの歌。気持ち悪くなっちゃった?」
ノルディスがふらふらしているのは、武器屋の親父の歌のせいだと思っているらしい。いや、まあ、それもあるのだが。
「工房で休んでいく?」
「エリー・・・今日のこと、気にしてないの?」
「今日のこと?うん・・・みんなに迷惑かけちゃったのは残念だけど、もういいよ」
「よくないよ。僕が余計なことをしたばっかりに」
「ノルディスは悪くないよ。もとはといえば、あたしが種をまいたことだもん」
「でもそれじゃ、僕の気持ちがおさまらないよ。それに、街のみんなに恨まれるだろうし・・・」
「ごめんね、巻き込んじゃって。でもノルディスのせいじゃないって、あたしがみんなに話すから」
「そういう意味じゃないよ。僕はいいんだ。ただ、エリーが」
「ほんとにいいの!あたしは大丈夫。下がった人気と信頼は、これから取り戻せばいいし、それに」
エリーの表情が、ほんの少し変化した。ほんの少し。だけどその顔は、なぜかノルディスの心臓を掴んで、大きく揺さぶった。
「こうなってみて、わかったんだけどね・・・あたし、ノルディスさえいてくれたら、誰に嫌われても平気だよ?」
「・・・・・・・!」
耳の奥にしみわたったその一言は、どんなに崇高な天使の歌声よりも優しくノルディスを暖めた。
そのニュアンスは。
エリー、今度は違わないって思っても、いいかな?
ノルディスの目の前で、エリーは照れくさそうに笑った。
今日は間違いなく、人生最大、最高の日だ。
やけに暑い、冬の夕暮れだった。

Fin.


≪あとがき≫
この小説は、綾姫のエリアト小説第一作目です。なんか、無謀に書いてますね。
武器屋の親父さんが大活躍。しかもカウンターテナー。(笑)
天使の歌声って・・・シャルロット・チャーチばりの歌声だったのかしら。それってある意味犯罪。
ノルアイも好きですが、今回はノルエリです。ノルエリは、なんかほほえましくていいですよね。
しかし、オリジナルアイテム。
ある意味とんでもないアイテムになってしまった。途中で気付きました。マリーが作 れなかったものだって・・・。
ま、これは娯楽作として、イロイロ細かいところは見逃してください。

一応、レシピです。(もちろん架空)

のど飴《天使の歌声》
   魅了の粉    0.6
   オニワライタケ 1.0
   ハチミツ    2.4
   中和剤(緑)  1.1
使用器具
   片手鍋とランプ

なんか、簡単だな・・・これじゃ量産できちゃう・・・。(汗)

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