「噂の魔物も、すげーのはみてくれだけだったよな。雪ドナーンの方が数で来るぶん、まだ運動になるぜ」
威勢よくうそぶきながら、碧眼の青年は肩を回した。
「まったく、どいつもこいつも、弱すぎて話にならねぇぜ!」
「あはは、よく言うよ。『北風の王』との戦いが楽勝だったのは、エリーの『時の石版』のおかげでしょ?」
「それと、マリーさん特製の『テラフラム』」
ねーっ、と首を傾げ、笑いを含んだ空色ととび色の瞳が交錯する。どうやら、この二人の女性は錬金術師なる存在らしい。
一行の背後に広がるのは、『銀花の結晶』や『氷雨石』の採取地として知られる雪渓である。彼らの脇を、まるで意志を持つかのごとく快調に滑るそりの上には、採取物と見られる荷物が山積みになっている。とすると、これは彼らがよく行く、材料採取の旅の帰途ということになるだろう。
しかし彼らは、冒険者としての大仕事も成して来たのである。
「うるせぇ。俺がいなかったら、そんなもんとっくに使い果たしてたくせに」
「はいはい、護衛してくれたダグラスのおかげで、思う存分採取できたよ」
とび色の目の娘、エリーは、碧眼の青年、ダグラスの逞しい二の腕を叩いた。
「さすが、聖騎士だよね。頼りになるよ」
ダグラスはふん、と鼻を鳴らした。
「とってつけたように持ち上げるな」
しかし、口の端が嬉しそうにゆがんでいる。結構、単純な男かもしれない。
マリーは後にしてきた大地を振り返った。
「しっかし、あのやたらと色の白い女の子たち、何だったんだろうねー。口だけだったじゃない」
「まったくだぜ。『熱い心は好かぬ。いてつかせてくれよう』とかなんとか偉そうな口利いてたくせに、あの化けもん倒した途端、逃げやがった。弱すぎて話にならねぇ以前の問題だな。ああいうの、『虎の胃を借る狐』っていうんだぜ」
「よく知ってるね、ダグラス!」
「ふん、俺だってバカじゃねぇぜ」
・・・彼の中では微妙な勘違いがあるらしいが、それは言わぬが花だろう。
「でもあの子たち、何か仕返ししてこないかなぁ」
エリーはふいに心配顔になった。
「あの、『椅子を返す』とか言ってたやつか?」
「そういえば、そんなこと言ってたね。なんだろね・・あたしたち、椅子なんてあげてないよね」
「マリーさん・・・わざと一緒にとぼけてるんですか・・・?」
「へ?」
・・・どうやら本気だったらしいが、エリーは聞かなかったことにした。
「ダグラス、それは『椅子』じゃなくて『意趣』だよ。うらみを返すってこと」
「なんだ、だったらそう言いやがれ」
「そんなのわたしに言われても・・・きゃっ!!」
エリーは雪に足をとられて転んだ。間一髪で、ダグラスが腕を引いて抱きとめる。その鮮やかさには思わずマリーも口笛を吹いた。が、
「ぎゃ―――!!!つめたい、つめたぁいっ!!」
エリーはダグラスの胸をつきとばし、その勢いで仰向けに転んだ。
「なんだよ、せっかく助けてやったのに!」
「雪に突っ込んだ方がマシだったよ・・・ほっぺたがひりひりする」
エリーは顔をなでまわしている。鋼の鎧の表面は、寒風を吸い込んで冷え切っていたらしい。
「んじゃ、あたしがあっためてあげるよ。あたしは『太陽の首飾り』でぽっかぽかだよ〜」
『太陽の首飾り』は身につけると温かくなるという、不思議な錬金術の産物である。道理で、この気候で肌を露出していても平気なわけだ。
「ありがとう、マリーさん〜」
エリーは立ち上がって雪を払うと、マリーに抱きついた。
「ったく、俺には礼の一言もなしかよ」
ダグラスはむくれている。
「だって、ダグラスつめたいんだもん」
「なんだとぉ?俺は魔族の輩にも認められた熱い男だぜ!」
「あはははは、ダグラス、そんなにエリーを抱きたいの?」
「んなっ・・・!」
ダグラスの顔が、太陽の首飾り色に染まった。
「何を言ってやがる!!」
「だって、エリーをとられて怒ってるんだもん」
「違う、俺は、こいつが、なんで、俺が、だから、こいつが」
「文章になってないよ」
「うるせぇ!!とにかく違う!そんなんじゃねえ!違うからな!!」
ダグラスは身を翻すと、凄い勢いでその場を歩き去った。
「ちょっと、待ちなさいよ、こら、護衛!!おいてけぼりにしたら、賃金減額だよー!!」
マリーの叫びに歩調はややゆるくなったが、振り向こうとはしない。マリーは頭をかいた。
「あたし、なんか悪いこと言ったかなあ?だってさ、ダグラスがエリーを抱いたら、嫌がられたでしょ。それであたしがエリーを抱いたら、ダグラスが怒ったでしょ」
ダグラスに言った言葉は、彼女にとっては全く悪びれない素直な感想だったらしい。
「うーん、なんであんなに怒るかなあ〜?ね、エリー」
見ると、エリーも顔を赤らめている。
「・・・あれ?」
「マリーさん、変なこと言わないでくださいっ!」
「へ、変なこと?あたしが言ったの、変なことだった?」
「知りません!」
エリーも身を翻し、マリーを置いてずんずん歩き出した。
「あっ、エリー!そっちはザールブルグじゃないよー!!」
マリーは肩をすくめた。
「変なのは、ふたりの方だよ」
ザールブルグに錬金術師を育成するアカデミーが建立されてから、約四半世紀。
今や、錬金術師の集う街として、その名を馳せるようになった。仕事請負の仲介役として、古くから便宜を図ってきた飛翔亭のマスターも、「すっかり街の名物だな」と顔をほころばせる。
マリーとエリーが共同で経営するアトリエは、有能な錬金術師たちが軒を連ねる職人通りの店の中でも屈指のレベルを誇っており、研究の傍ら舞い込む依頼をこなすという、忙しい毎日を送っていた。
だが、忙しい中でも、休息は必要不可欠である。
先日の採取から帰った後、ふたりは材料不足により滞っていた依頼に加え、珍しい材料での新しい調合の研究を繰り返していたが、疲労のせいで効率が上がらなくなったことに気づいた。
そんなわけで、疲れを癒すために今日は閉店の札を下げ、2階の部屋でお茶会を催している。
きれいなテーブルクロス、美しい磁器のティーセット、美味しいお菓子に楽しいおしゃべりは、女性にとっては何より効果的な心身を癒すアイテムなのだと、その笑顔たちが物語っていた。
「この、ミスティカティにぷにぷに玉を少し混ぜて冷ました液を、シャリオミルクたっぷりのアイスクリームの上に静かにかけるとね〜。ほら、アイスクリームのまわりだけぷるぷるに固まって・・・」
外の気候が嘘のように暖かい室内では、エリーが新作のお菓子を披露している。
「まあ、きれいだこと。それにいい香り・・エリーにしては、気の利いたお菓子ね」
エリーの傍らでは、緑の瞳の乙女が優雅な仕草でスプーンを口に運ぶ。
「どう?」
「とてもおいしいわ」
乙女の口元がほころぶ。ピンク色の錬金服に、華やかな笑みが映えた。
「寒い冬に、暖かい部屋で冷たいお菓子。最高の贅沢よね」
「ありがと、アイゼル!頑張って厳寒の雪渓に行ってきた甲斐があるよ」
「あら、あなたこの寒い中雪渓まで行ったのは、アイスクリームの材料のためだったの?」
「そういうわけじゃないけど・・・でも、やっぱりそれもあるかな」
「本当に食いしん坊ね、エリーは」
アイゼルは手を口に当て、くすくすと笑った。
「うちに来ても、カステラばっかり買い占めて行くし」
「だって、アイゼルのカステラ、ふんわりしっとりで美味しいんだもん・・・」
「ふふ、どうもありがとう。ねえこれ、ワインで試してみてもよさそうね」
アイゼルの提案に、テーブルの向こう側で幸せそうにアイスクリームをほおばっていたマリーは、目を輝かせた。
「あ、それ美味しそう!エリー、今度はそれやってよ」
「そうですね。ビッターケイツも合いそうな感じがしません?」
「ビッターケイツは、クリームシャオム風にしてはどうかしら?」
「そうだ、モカパウダーをアイスクリームに混ぜるっていうのは?」
「あーあ、お菓子ばっかりにイマジネーションが膨らむなあ」
「いっそのこと、工房をお菓子屋さんにしてしまったら?」
3つの口が笑いさざめいた。この3人、お菓子にはまったく目がないようである。
「雪渓では、たくさん採取できて?」
「うん、豊作!氷雨石もたくさん採れたしね〜、雪ウォルフの毛皮もドナーンの舌も手に入ったよ」
やっと話題を変えたアイゼルの問いに対し、エリーはにこにこと答えた。が、
「毛皮・・・舌・・・」
アイゼルは、顔を少し青ざめさせている。
「幾つかゆずってあげようか?」
「いえ、結構よ。・・・それ、あなた自分で採取や処理をするの?」
「うん、そうだよ」
アイゼルはこともなげに返事をしたエリーに向かって、ため息をついた。
「未だに私、こうもりの羽も採取できないのに・・・。顔色ひとつ変えないあなたの神経って、信じられないわ」
「そうかなあ」
「でも、この前は変えてたよね」
マリーが口を挟む。
「え、そうでしたか?」
「うん。ダグラスがエリーを抱いたけど、エリーはダグラスが冷たいからってはねつけて、代わりにあたしがエリーを抱いたらダグラスが怒ったとき」
「・・・・・」
マリーは素直に見たままを述べただけだが、素直すぎた。
「マ、マリーさん!その言い方じゃ・・」
「マリーさん」
アイゼルが鋭く目を光らせた。
「それは大変に興味深いお話ですわね。詳しく聞かせてくださいます?」
「ほら!アイゼルがなんか誤解してるじゃないですかー!!」
慌てるエリーの肩を、アイゼルがやわらかく押さえた。
「エリー。殿方の好意をむげにしては駄目よ」
「ち、違うったら!!ダグラスもそんなんじゃないって言ったもん!」
「何を照れているの。わたしたちだってもうそれなりの年齢ですもの。色恋沙汰くらいで動じていては駄目よ」
「色恋・・・へー。エリーとダグラスって、そうだったんだ」
「何を納得してるんですか、マリーさん!!もう、ふたりとも面白がって・・・!」
エリーは勢いよく立ち上がった。
「お茶、おかわり淹れてきます!!」
「あ、エリー!」
エリーはティーポットを手に、階段を駆け下りて行った。
「・・・どうしよう、怒っちゃったみたい」
「大丈夫、恥ずかしがっているだけですわ。それよりマリーさんは、あのふたりをどう思います?」
「ふたりって・・・エリーとダグラス?仲良しだなあとは思ってたけど」
「わたしはアカデミー時代からずっとふたりを見ていますけど、ふたりとも奥手だし鈍いから、友達よりも先のことは全く考えていないようですね。いつまでも友達以上恋人未満。全く、世話が焼けるったら」
「そうなんだー。全然気が付かなかったよ」
頭をかきながら笑うマリーを見て、アイゼルは密かにため息をついた。その目が、エリーについての感想をそっくりそのままマリーに対しても抱いていることを物語る。が、それは今回置いておくことにしたらしい。
「ともかく、この前の詳しいことを聞かせていただけます?」
アイゼルはマリーへ向けて、興味津々に身を乗り出した。