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「マリーさん、ただいま帰りましたー」
「お帰り、エリー!」
へーベル湖での採取から帰って来たエリーは、採取かごを下ろして中身を出し、戸棚にしまったり引出しに入れたりして整理した。
「留守の間に、何か新しい依頼がありましたか?」
「うん、今調合中。エリー、疲れてるとこに悪いんだけど、そこにある袋、ダグラスに届けてくれる?うっかりしてて、もう期日がギリギリなんだ」
マリーはせわしく手を動かしながら、振り向かずに答える。エリーは袋の中身を確認した。
「『フォートフラム』6つですね」
「それがね、依頼は実は7つなのよ。マティアスさんのところで買い足して行ってもらっていいかな」
「しょうがないなあ・・・いいですよ、じゃあいってきます」
エリーは苦笑しながら、帰って来たばかりの工房を後にした。

エリーは、マティアスの工房でフォートフラムを買い、懐いてくる妖精のポップルの相手をしてから、武器屋や飛翔亭にダグラスの姿がないのを確かめ、城門を目指した。
「寒いなあ・・・」
エリーは両手をこすり合わせた。エリーが採取から戻ってくるまでは晴れていたのだが、いつのまにか天候が悪くなり、雪がちらついている。
「なんだか、嫌な感じ・・・きゃああっ!!
城門の前までやって来たとき、急にものすごい風が吹いて吹き飛ばされそうになった。
「な、なにこれ」
目をやると、城門のわきでダグラスが倒れている。その両脇に佇む、ふたつの白い影。
「誰・・・」
エリーの脳裏をよぎったのは、おそらく雪渓での出来事。『意趣を返す』と言っていた、ふたりの乙女。
「雪の乙女」「霜の乙女」と呼ばれる、魔族。
ダグラス!!
エリーはダグラスを目指して駆け寄った。しかし、再び凄い風が吹いて、エリーを押し戻す。
「うっ・・・!」
手元には、届け物のフォートフラムがある。しかし、ここで使えば、ダグラスも巻き込まれてしまうだろう。
「ダグラスに、何をしたの?!」
エリーは必死の形相で、問う。
「ふふふふ・・・」
「うふふ・・・」

白いヴェールをまとった乙女たちは、楽しそうに笑い声を漏らし、衣の裾をふると、すうっと掻き消えるようにその場から姿を消した。
!!
エリーは、ふたりがあの乙女たちであること、ダグラスに何らかの意趣返しをするためにここに来たことを確信したらしい。顔色をなくし、表情を歪めた。
そのふたりが自ら姿を消したということ。それはおそらく・・・
目的を果たした、ということ。
ダグラスー!!
エリーは転がるようにダグラスの元に駆け寄り、地面に突っ伏している体を仰向けにした。
頬や手に触れてみる。・・・それはぬくもりの伝わらない、冷え切った肌。
エリーは悲痛な表情で胸を押さえ、喘ぎながらうつむく。最悪の事態が頭をよぎっているのだろう。怖くて確かめることが出来ないのか、手は胸元に留まったまま震えていた。
「・・・エリー・・・」
ふいに、かぼそい声が耳を打つ。エリーははっとして、ダグラスに顔を近づけた。
「ダグラス!ダグラス、大丈夫?!」
「体が・・動かねえ」
生きていることに安堵の涙を浮かべながらも、それでも不安げに声を荒げる。
「何をされたの?!」
「わからねえ・・・急に眠くなって、体がしびれて・・・寒くて・・・」
「凍えてるのよ」
エリーは急いでダグラスの鎧を外し、覆い被さるようにしてその体を抱きしめた。
その体から返ってくるほんのりとした温かさを感じ、エリーの表情がわずかに緩む。
「大丈夫、すぐによくなるわ」
「エリー・・・」
どれほどの間、そうしていただろうか。
吹きすさぶ風の中、とぎれとぎれの言葉がふたりの鼓膜をゆらす。
“熱い心をもった男・・・”
“熱い心をもった乙女・・・”
“好かぬが、我らの力で凍てつかせるには熱すぎる”
“くちおしいが、溶かされてはかなわぬ”
“その心の炎が衰える日。熱を失うとき”
“そのときこそ・・・しかし”
““今は、退散しよう””

その響きを最後に、吹雪は終息を迎えた。

「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「あれは・・・今のは、あのときの・・・?」
「うん。雪の乙女と、霜の乙女だよ」
「・・・助けてくれたんだな、エリー」
それには答えず、エリーはダグラスの肩に顔を埋めて声を震わせた。
「ダグラスが無事でよかったよ・・・よかったよ・・・!」
あたたかい涙が肩に染み入るのを感じつつ、ダグラスはエリーの体に腕を回した。
余計な恥じらいも照れもなく、そこにあるのはただ、お互いのぬくもりの心地よさと・・・
・・・公務中に、何をしている?
そこへ突然、鋭い声が降ってきた。ふたりは驚いて、声の方を見上げる。
「え?」
視線の先には、険しい形相でふたりを見下ろしている、体格の良い男がいた。立派な鎧を身に着けているところや隙のない立ち姿から、ザールブルグ聖騎士団の上位に位置する人間であることが見てとれる。おそらく、騎士隊長かなにかではないだろうか。
「あっ。エンデルク様」
「隊長!」
やはり、そうらしい。
エンデルクは眉間のしわを解くことなく、ふたりの頭上から叱責を被せた。
「お前たち・・・場をわきまえろ・・・!!」
「は?」
ふたりはようやく、エンデルクの目に自分たちがどのように映っているかについて理解したようだ。
「あ・・・わわわ!!」
慌ててお互いに体を離し、とびすさる。
「あっ、ダグラス、もう普通に動けるみたいね」
「あ、ああ、エリーが暖めてくれたから・・」
思わず交わした言葉は、さらにエンデルクの不興に火をつけたらしい。
いいかげんにしろ!ダグラス、あとで私の部屋に来るように」
エンデルクは憤然とした表情で城の奥に消えた。エリーとダグラスはしばし呆然としていたが、
「あ・・あ〜ああ〜」
「マリーさん!あれほど私が言っていたのに、エンデルク様には安眠香を仕掛けなかったんですか?!」
「ごめん、アイゼル。すっかり忘れてたよ・・・」
背後の声に振り向いて、もっと呆然とした。
「マリーさん、アイゼル・・・」
「そ、その格好は?」
そこにはマリーとアイゼルが、白い衣とヴェールをまとって立っていた。
そう、丁度エリーが目撃したと同じ・・・
「どういうこと?!」
マリーは、ばつが悪そうに頭をかいた。
「ごめ〜ん、エリー。アイゼルのアイデアで・・」
「ちょっと、全部私のせいになさるんですか?マリーさんも大乗り気だったじゃないですか!」
マリーとアイゼルが揉める様子を見ながら、エリーは混乱と共につぶやいた。
「じゃあ、さっきのは・・・」
「ごめんなさい。あんまりあなたたちの関係がまどろっこしいものだから」
「でも、いい雰囲気だったよね」
「ア・・アイゼル・・・マリさん〜〜〜〜!」
ようやく思考回路が繋がったエリーは、ゆらりと立ち上がった。
わたしたちをはめたんですね!!
「あ・・ははは・・・エリー、怒んないで」
怒ります!!まったく、どんな手を使ってあんなことしたんですか!!」
マリーとアイゼルは、顔を見合わせた。
「どうって・・まず、アイゼルが衣装を用意して〜・・・あたしがうちで雇ってる妖精のプッペに頼んで、エリーが採取から帰ってくる日を報告してもらって・・・」
「あなたがマティアスさんのところへ寄っている間、『雨雲の石』を使って雪を降らせて、ダグラスの所へ行って『安眠香』少々と『しびれ薬』を使って・・・」
「エリーが来たら、『つむじ袋』で風をおこして」
「私たちはころあいを見計らって、『ルフトリング』で姿を消して」
「あとは少し離れてそのまま観察」
「エリーがダグラスの鎧を外すときなんて、どきどきしてしまったわ」
「ね〜。でも、エンデルク様対策を忘れてて・・ダグラス、ごめんね」
マリーが謝るが、ダグラスは声もない。エリーも、その手のこんだ手口と観察されていたという事実に、口をぱくぱくさせた。
「・・・〜〜〜よ〜っく、わかりました。そしてとどめに、姿を消したまま声を真似て囁いたんですね」
「え?」
アイゼルは少々慌てた表情で、マリーを振り向いた。
「マリーさん、何か言ったんですか?」
「ううん、アイゼルがしゃべったらばれるって言ったから、笑い声以外には何も・・・」
「言ったじゃない。しっかり聴こえたよ。ねえ、ダグラス」
「ああ、確かに聴こえたぜ。そっくりの声色で」
「私は雪の乙女にも霜の乙女にも会ったことないんですもの。声色なんて真似られないわよ」
「あたしだって、そんな器用なことできないよ」
「じゃあ、あれは、誰が言ったの?」
「・・・・・・・・」
「・・・・・」
「・・・」
だんだん、見合わせる面々が青ざめていく。
「・・・ほ、本物?」
しかし、風が起こした幻聴かもしれず、本当のところはわからない。
全ては曖昧に、闇の中・・・


・・・と、いうことにしておこう。

それにしても、実際のところ。

彼らを観察している間に、意趣返しの気など失せてしまった。
それよりも、冬が来るたび訪れて、様子を見守ってみたい。そんな興味深ささえ感じる。

“我らの王の命を奪ったからには、それ相応の人生を歩んでもらわねば。
 ・・・のう、霜?”

“・・・ええ、雪。
 その人生が、熱を失ってしまったならば、そのときこそ。
 そのときにこそ、凍てつかせてくれましょう。
 しかし、今は・・・”

街の上に舞い踊る雪。
草葉を白く凍えさせる霜。
その中で、熱い心をもった男がつぶやいた。
「本物でもいいさ。俺の心は、いつでも熱いからな!」
「そうだね。熱血だもんね、ダグラスは」
「だから、俺のそばにいれば安全だ」
「そうかなあ?」
とび色の目の娘は悪戯っぽく微笑んだ。
「今日だって、わたしがいないと駄目だったじゃない」
「うるせぇ!次は油断しねえ」
「無理無理」
娘は男の傍らに立ち、勢いよく腕を組んだ。
「ふたり一緒じゃなきゃ、絶対無理!」

・・・手を出せば溶けてしまうであろう、その熱はいよいよ熱く。

“そろそろ、引き時であろうな”
“来年まで、退散することにしましょう”

我らは裾を引き、故郷へと身を翻した。

Fin.


≪あとがき≫
神崎位武さんの30000hitリクエストは「エリーとダグラスのクリスマス」でしたが、クリスマス時期には間に合いそうになかったので「冬のダグエリ」ということで書かせていただきました。
雪渓で「北風の王」を倒すときに出てくる「雪の乙女」と「霜の乙女」。「覚えてろよ!」的に姿を消したものの、その後の登場はないようだったので、こんな話を書いてみました。
最後でなんとなく明らかになる「語り手が雪の乙女」というのは、実は作者も予定外だったりして。でも、自然の流れでそんな風になっちゃって、自分で驚きつつ納得したり。なんか、「そうか、実はわたし、憑依されて書いてたのか・・・」みたいな変な感慨がありました。
しかし「ふたアト」で出てくる絵、どちらが雪でどちらが霜かわかりません。個人的に、左が雪で右が霜かな〜、と思ってるんですが。
舞台は基本的に「ふたりのアトリエ」ですが、「マリーのアトリエ」「エリーのアトリエ」にしか出てこないアイテムも登場しています。
書いてて楽しかったのは、お茶会でお菓子のアイデアが膨らむところ。ちなみにここでエリーが作るお菓子は、オリジナルです。とあるホテルのレストランで、こんなデザートが出たんですよ〜。ミスティカティではなくて、紅茶でしたが。(当たり前だ)
えー、らぶらぶ希望ということで、とりあえず抱き抱きにもっていきましたが(笑)、いかがでしたでしょうか、神崎さん。気に入らなかったらすみません。
30000hitありがとうございました。(^-^)


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