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月色の是認


ザールブルグに夕闇が迫るころ。採取した荷を抱えた3つの影が、赤い尖り屋根の工房の前で立ち止まった。
一人は輪型の帽子を被り、オレンジ色の服を身につけた、錬金術師ふうの少女。一人は、少女と同じく錬金術師らしい服に身を包んでいる、線の細い賢そうな少年。一人は、聖騎士の鎧を身にまとった青年。
エリーとノルディス、そして、俺。ダグラスだ。
「じゃ、2人ともありがとうね〜」
「おう」
「おやすみ、エリー」
エリーは笑顔で手を振ると、荷物を抱え直して工房に入って行った。
俺はひとつ伸びをすると、エリーにもらった賃金の袋をしまった。
「やれやれ。護衛の仕事ってのも結構大変だったな・・・それにしてもお前、賃金は?」
「僕ですか?僕は・・・友達ですから」
ノルディスはにこりと微笑んだ。
「は?馬鹿かお前。こっちは危険冒して守ってやるんだぞ。もらうもんはもらっとけよ。友達っつってもな、そういうとこはちゃんとしといた方がいいぞ」
「・・・でも、僕はたいして戦力にならないし。珍しい材料を採取するのにつき合わせてもらって、こっちも助かってるから」
俺は今回初めて同行したのだが、このノルディスのお人よしさ加減には呆れた。
エリーが疲れていると見たら、惜しげもなく自分の持っているアイテムを提供するし、貴重な材料を見つけてもまずエリーに譲る。もちろん、護衛としてその身も賭ける。
その上賃金なしときた。呆れて物も言えやしねえ。
・・・ただの友情でここまでするか?
「よっぽどお前、あいつが気に入ってんだなぁ。そんなたいしたやつには思えなかったけどな」
俺がエリーの能天気な顔を思い出しながら言うと、ノルディスは目を上げて、工房に視線を流した。
「・・・たいしたやつ、ですよ、エリーは。少なくとも、僕にとっては」
その視線を読めないほど俺は鈍くない。
ははん。惚れてやがるんだな。それで無料奉仕たあ、ご苦労なこった。
「んじゃ、俺は帰らせてもらうぜ。じゃあな、せいぜい頑張れよ、恋する少年」
俺が肩を叩くと、ノルディスはうっすらと頬を染めた。純情、純情。
だが俺は愛だの恋だの言ってる場合じゃねえんだ。
技を磨き、いつかエンデルク隊長を越えて、国一番の剣士としてこの名を轟かせてやる。
俺は、数ヶ月後に控えた武闘大会に思いを馳せた。




・・・その日から、約2年の月日が経った夏の日。
俺は、一人で東の台地に立っていた。
「・・・痛ぇ。ったくエルフの野郎、大人数でかかって来やがって」
さっきは、さすがの俺も苦戦して冷や汗をかいた。エリーから仕入れたフォートフラムがなかったら、危なかったかもしれない。
エンデルク隊長なら、剣だけで片付けるのだろうが・・・
「俺もまだまだ、か・・・」
俺は傷の手当てを終えると、辺りを見渡した。
「ええと・・・ありゃあ、どんな実だったっけ?」
記憶を辿る。


10日程前のこと。
エリーがフラムよりもずっと強力な爆弾を作れるということを聞いて、試しに依頼した俺だったが、そろそろ出来たころかと思って工房を訪ねてみた。
エリーは、調合中だったらしいにもかかわらず、笑顔で俺を出迎えた。
「悪ぃな」
「ううん。依頼品でしょ?」
「おう、そろそろできてんじゃねえのか?」
「せっかちだなあ、期日までまだだいぶあるじゃない。・・・なんてね。えへへー。ちゃんとできてるよ、ほら」
エリーは既に袋に入れて用意していた依頼品を棚から出した。
「もったいぶりやがって。でもありがとよ。この次もまた頼む」
俺は受け取ると、確認のため袋の中をのぞいた。俺は、少し驚いた。フォートフラムは見たことがあったが、一目で上質とわかるほどよく出来ている。
「・・・へえー、大したもんだ」
「ブレンド調合で効力上げてあるからねー」
エリーはにこにこと答えた。俺の依頼なんて、適当でいいのに・・・そんなに頑張ってくれたのか、と嬉しくなる。
「そうか。これじゃ最初の言い値じゃ悪いな。ほらよ、受け取りな」
「え、ほんとにいいの?やったあ!」
エリーは素直に喜んで、増額された代金を受け取った。
「わーい、もうすぐコンテストだし、新しい参考書が欲しかったんだ。これで買えるー」
小躍りして喜んでいる。
そうか、コンテストか。だからこんなに部屋中色んな材料でごった返してんだな。アカデミーの連中は毎年この時期には青筋たてて予習して・・って、俺、とんでもねえ時期に依頼頼んじまってたのか?
・・・まあいいか。それで参考書が買えると言ってるんだし。
「それはそうと・・・」
なんとなく、そのまま立ち去り難い気分になっていた俺は、ところ狭しと並べられた材料を眺めて次ぐ言葉を探した。
薬草などの他、色とりどりの水や石や、ただのゴミにしか見えないものまである。
うまそうなもんもある。甘そうなミルクにチーズ。夕飯の材料とごっちゃになってんじゃねえだろうな。
・・・その中で、つやつやした黄色い実が俺の目を引いた。
「それ、変わった実だな。1ついただくぜ」
行きがけの駄賃、とばかりに俺はその黄色い実を口に放り込んだ。
「あ!ダメだって!」
エリーの静止の声が聞こえた時には、既に俺の歯はその実を噛み砕いていた。
途端に、苦くて辛くて渋い、すげえ味が口内に広がった。
うえっ!
俺はそのすげえ味のシロモノを、手のひらに吐き出した。
「何だぁこの実は?!うう、気持ち悪りぃ・・・。すげえ味だ、こりゃ」
「それは『月の実』っていう、調合の材料よ!ああ〜、採るのにすごく苦労したのに〜」
言いながら、エリーは慌ててコップに水を汲んできて、俺に差し出した。
「・・・すまねえ」
「いいよ、ダグラスは色々仕事を頼んでくれるし。どうせあと一個しかなかったんだし・・・」
最後の一個。
エリーはすでに諦め顔で笑っているが、その言葉に俺の罪悪感はいや増す。
「ま、気にしないで。また採りに行けばいいから」
・・・さっき、確か採るのにすごく苦労したと言ってなかったか?
もしかして、すごく貴重な実だったとか・・・。
俺は心に汗をかきながら、エリーの工房を後にした。


金で弁償しようかとも思った。・・・でも、もしかすると、コンテストにひびくんじゃねえのか?
俺は錬金術のことはよくわかんねえけどよ・・・。
そう考えはじめると、止まらなくなった。俺はいてもたってもいられず、その足で近くの森へ行った。
夕方まで探したが、それらしい実は見つからない。ここにあるようなもんじゃないらしい。
考えてみればそうだよな、ここで採れたら苦労はしねえよ。馬鹿だ、俺。
途方に暮れて街中へ戻った俺は、ふと思いついてアカデミーに向かった。
中に入ると、丁度図書室の方からノルディスが現れた。
「おい、ノルディス」
ノルディスは心底驚いたような顔で俺を見た。
「ダグラスがここに来るなんて、珍しいね」
何度もエリーの採取に付き合った関係で、ノルディスとは割に親しくなっていた。
・・・が、性格的には水と油だ。嫌いな訳じゃないが、どうも仲の良いお友達にはなれそうもない。
だから、お互いを訪ねる、ということは用事でもない限りなかった。
「ちょっと聞きたいことがあるんだ。お前、『月の実』って知ってるか」
「ああ、うん。この前、エリーと採取に行ったよ」
ビンゴ。こいつなら知ってると思ったぜ。
「どこに?」
「東の台地だよ」
・・・俺が教えた採取場所だ。カリエル王国からザールブルグに来る途中見かけた、それらしい草の採れそうな場所。
俺の不確かな情報を信じて、あんなとこまで行ったのか。
「・・・わかった。聞きたかったのはそれだけだ。ありがとよ」
俺はノルディスの肩を叩いて、アカデミーを後にした。


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