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それから、隊長に休暇を願い出て、次の日の朝ザールブルグを発ち、ここまで来てしまった。
・・・ここへ一人で来るというのは、あまり利口じゃなかったかもしれない。
だけど、こんなことに誰か誘えるかよ?悪いのは俺なんだしよ。
それに、改めて考えるとくだらねえ・・・・・。

たかが、黄色い実一個だ。
エリーがちょっと困るかもしれない、ただそれだけだ。
なのに、どうして俺はここまで来てしまったんだろう。
つくづく俺は馬鹿だ、と思う。

・・・でも、わかっていても止められなかったんだ。

「黄色い実、黄色い実っと」
俺は当てもなく広い草原をうろうろと探し回った。
いろんな草や実があるが、俺に錬金術の心得はないから、どれが役に立つんだかさっぱりわからねえ。
採取に付き合うとき、もっとエリーの手元に注意していれば良かった。
強い日差しがじりじりと鎧を焼き、こめかみを汗がつたう。
ただ探すだけだ、とたかをくくっていたが、勝手のわからない地での勝手のわからない作業は、思ったよりもしんどかった。


どれくらい探しただろうか。
背の高い木が立ち並んだ林の側に、低い木の茂みを見つけた。
そこにぽつぽつと黄色くて丸い実がついている。近づくと、やはりあの実だった。
俺はほっとして、腰に下げた袋の口を開くと、その実を5つ採って入れた。
「・・・急いで帰らないとな」
俺は汗だくになった顔を拭うと、休む間もなく東の台地を後にした。
早く帰って渡さないと、エリーがコンテストで困るかもしれない。

・・・でも、それだけだろ?と、頭のどこかで冷静な自分が問う。
月の実がコンテストに関係あるのかどうかもわからない。
もしかしたら、全然困りはしないかもしれない。
最悪の場合でも、コンテストの順位が少し落ちる程度だろう。
あのフォートフラムの見事な出来ばえを見ても、エリーの実力は確実に上がっている。
落第点を取って泣く、ということもないに違いない。

なのに、どうしてだろう。後悔する気が全然しないのは。

俺は馬鹿だ、とは思う。払った犠牲は大きい、とも思う。

何のために、俺はこんなことをしているんだろう。

エリーが喜ぶなら。

・・・そうだ。エリーはきっと喜ぶ。大喜びではないかもしれないが、喜ぶのに間違いはないだろう。

エリーを悲しませたくない。

・・・それが、たいした悲しみではなくても、俺の手で取り除けるものならば、取り除きたい。

エリーが何をしたというので、俺はこんなに負い目を感じているんだ?
負い目?・・・いや、使命感かな?
いや・・・

俺は、最初に採取に付き合った時のことを思い出した。
あのとき、エリーに尽くしていたノルディス。
それを恋だとからかった自分。

・・・同じじゃないか。

俺は少し茫然とした。
・・・いつの間にこうなっていたんだろう。

素直で前向きな明るい瞳。人懐こい笑顔。自然体で飾らず、卑屈になることもなく、背筋をのばしたやわらかい立ち姿。
ただ一心に、信じるものを持ち、夢に向かって諦めず突き進む姿勢。
そういったものが、俺の中に甘い蜜を伴って、大きく巣食っていたことに気付く。

俺が見返りとして欲しいものは、彼女の是認。彼女の幸福。
好きな女のために、男はとことん馬鹿になれるのだ。

俺は苦笑した。
「“愛だの恋だの言ってる場合じゃねえ”・・・か」
あのときの俺が今の俺を見たら、なんと言うだろう。

俺の目的は、強さを極めること。
恋愛感情なんてものは、それを果たす上で邪魔でしかないもの。
人を弱くするもの。
そう思っていた。

・・・でも。
これだけ人を動かす無償の力なら、と思う。
きっと、愛するものを守るためにしか出せない力もあるはずだ。

認識を、変えてみよう。
気付いてわかる。想いは知らないうちに根を深く下ろしていて、もはや抗えない。
だったら、プラスに変えるまでだ。

今までとは違う、不思議な闘志が芽生えた。

俺は、強くなる。名声のためでもなく、自己顕示欲のためでもなく。そして・・・。
俺は剣を抜き、夏の日にかざした。
「武闘大会で優勝したら、その時・・・」
一生俺が守ってやると、彼女の前で誓おう。
そう決めたら、無性にエリーの顔が見たくなった。
俺ははやる心を抑えきれずに、そのまま走り出した。


さて。
10日の道のりを5日で帰ってきてしまったのはいいが、いざエリーの工房の前に立つと、どうも緊張してしまう。
どういう顔で会ったもんか。いつも通りに・・・と思うが、いつもどうしてたっけか、俺?
柄にもなく心臓がどきどきしてやがる。畜生、純情少年じゃねえぞ、俺は!
俺は意を決してドアを叩いた。
「はーい、開いてまーす」
久しぶりに聞くエリーの声に、息が止まる。俺は必死になって心を静めつつ、ドアを開けた。
エリーはやはり調合中だったらしいが、作業をきりのいいところまで進めて中断し、にこやかに俺を迎えた。
その顔を見ただけで、抑えつけていた心臓が跳ね上がる。くそ!なに意識してんだよ!
「よ、よお・・・」
いかん。声がうわずる。
「ダグラス、なんか久しぶり〜。わたし、コンテスト前でずっとこもりっきりだったから・・・今日は何?」
さりげなく、さりげなくだ!
「・・・この前、貴重な材料だなんて知らずに食っちまっただろ。だからこれ・・・」
俺は腰に下げていた袋を取ってエリーに手渡した。エリーは受け取った袋をのぞいて、目を見開いた。
「これ、『月の実』じゃない!もしかして、採ってきてくれたの?」
驚きの視線は俺に移る。俺はなんだかまともに受け止めきれずに視線をそらした。
「ついでだ、ついで。・・・たまたま森ん中ブラブラしてたら見つけただけだ。・・・それじゃな!」
あんなに会いたいと思っていた人物が目の前にいるのに、俺はそのまま逃げるように工房を出てしまった。
出た後で、しまった、と後悔した。
「森ん中で見つけた」なんて、すぐに嘘だとばれちまう。もっとそれらしいことはいくらでも言えたはずじゃねえか!馬鹿野郎、俺!!
それになんて純情ぶりだよ、自分で恥ずかしくなってくるぜ!くっそう、何で逃げなきゃなんねえんだよ!!
俺は自分への憤りで真っ赤になった顔をこすり、城の方へと歩き出した。
その俺の前方の角から、見知った顔が現れた。・・・ノルディスだ。

脇に参考書を抱え、こちらへ歩いてくる。エリーの工房へ行くつもりだろうか。多分、そうだろう。
そういやあいつも、エリーに惚れてんだっけ。
・・・エリーはあいつのことをどう思ってるんだろう?
少し攻撃的な気分が頭をもたげた。
まあ、どうだっていいさ。敵は、手強いほど倒しがいがある。
俺は大股で歩み寄り、ノルディスの肩を叩いた。
「よう、ライバル!」
「・・・え?」
ノルディスは怪訝そうに俺の顔を見た。
「ライバルって・・・」
俺はにっと笑った。
「お前、エリーに惚れてんだったよな?」
ノルディスは言葉の意味を理解したらしい。一瞬その口は凛々しく引き結ばれたが、目の光を失わぬままゆっくりと微笑んだ。
おっ、うろたえるかと思ってたら、案外余裕じゃねえか。面白え。相手に不足はないらしい。
俺は心の中で、「渡さないぜ」とつぶやいた。

Fin.


≪あとがき≫
あじゃりさんの6000hitリクエスト「ダグエリ小説」に応えて書かせていただいたのですが・・・
あんまりダグエリになってませんね。ダグエリというよりダグ→エリ小説ですね。
しかもノルエリ要素まで入ってるし・・・。
あじゃりさんの「ダグラスが出ていれば幸せ」との言葉に甘えさせていただきました。
でもね、月の実イベントでのダグラスの心情を書いてみたかったんです。
どんな気持ちで月の実探しに行ったのかな、と。
というわけで、ゲームからそのままのセリフが多数含まれています。
小説的には違うふうにしたかったセリフもあるんですけどね。ほとんど原作に忠実に書かせていただきました。
らぶらぶが読みたかった人、こんなの好みじゃない人、ごめんなさい。
それにしても「自分の恋に気付く」パターンの小説、多すぎですね。すみません、好きなもので。(^_^;
そんな訳で、わたし的には満足なのですが・・・・・自己満足?


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