エリー街の本屋へ戻る
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「・・・・・」
すう、と体が軽くなる感触。
体中に満ちる脱力感の中で、わたしは光に目を細めた。

「目が覚めたかい、エリー」
ぼんやりと記憶をたどる中で、自分を呼ばれたと理解したわたしはベッドの上で首をめぐらせた。
健康そうな浅黒い肌の、おさげ髪の少女が、凛々しい視線を少しやわらかにわたしの上に投げかけていた。
「・・・ユーリカ」
かすれた声。なんだか口がうまく動かない。
「よかった。心配したんだよ。一時はもう駄目かと思ったよ。でも、もう大丈夫・・・覚えてるかい?」
・・・覚えている。

海竜フラウ・シュトライトとの戦い。
夢を叶えるために、ユーリカの協力を得て、船を出した。
・・・でも、戦いの中、わたしは傷を負って動けなくなった。
退却を余儀なくされて戻る途中、わたしは意識を失った・・・。

傷を負った部分に触れてみる。少し痛むが、ほぼ完全に癒えていた。
あれは、アルテナの傷薬を使っても、2日や3日で癒える傷ではなかった。
「わたし・・・ずっと眠っていたの?」
「もうあれから一週間経つんだよ。傷の炎症が原因で高熱を出して、しばらくは意識がなかったんだ」
「ずっと・・・ついててくれたの?」
「あたしが?いや、交代ではついてたけど、ずっとじゃないよ。ずっとついてたのは・・・」

その時、部屋のドアが開いて体格の良い短髪の男性が顔をのぞかせた。
「おお、目が覚めたか」
「ハレッシュさん・・・」
「今日の昼すぎくらいには意識が戻る・・・って、あいつの言った通りだったなあ。 あいつ、医者になった方がいいんじゃないか?」
「そうだね。でも、患者がエリーでなくても、あんなに献身的な看護ができるかどうか」
ハレッシュさんとユーリカは顔を見合わせて笑った。
「エリー、気分はどうだい?」
ハレッシュさんはベッドの脇にやってきて腰掛けた。
「少しぼうっとするけど・・・大丈夫です」
ユーリカが口を挟んだ。
「眠り薬のせいだよ。危機を脱した後、体力を回復させるために飲ませたんだ。 あのあたりはかなり朦朧としてたから、覚えてないだろ?」
確かに、何も思い出せない。あるのは夢の記憶だけ。ずっと同じ夢を見ていた・・・。
「しかし、あいつがあんなタイミングで現れるとはなあ」
「妖精便で、エリーがフラウ・シュトライトを倒しに行くってことを知ったらしいけどね」
「ああ、でもそれで即、エリキシル剤持ってとんでくるってのがなあ。 天才の考えることはわからんよ」
妖精便というのは、妖精を利用した速達のことである。
妖精は、人間では考えられない距離を瞬時に移動できる。 郵便局で雇われている妖精をお使いに出すと、 このカスターニェから馬車で片道17日かかるザールブルグにも、1日で手紙が届くという訳だ。
わたしは、命の恩人のマルローネさんを探して海を渡るために海竜フラウ・シュトライトを倒す旨を、 その妖精便を使ってアカデミーに連絡していた。

・・・だんだん、事情がのみこめてきた。わたしの命を救ったのは・・・・
「・・・今、どこにいるんですか」
ハレッシュさんとユーリカが、それまでの話を中断してわたしを見た。
「ああ、あいつか?千年亀砂丘だよ」
「エリーに千年亀のタマゴを食べさせたいんだってさ」
「砂丘・・・」
わたしは体を起こした。ユーリカが手を貸してくれた。
「あまり無理しちゃ駄目だよ。体は大丈夫なはずだけれど、ずっと寝ていたからね。 とりあえず、何か口に入れないと」
「まずは、栄養のあるヨーグルリンクでも飲むんだな」
「食べたいものはないかい?」
わたしはちょっと首を傾げてから言った。
「・・・チーズケーキ」
「よし、オットーに頼んで調達してくるよ」
「俺は、魚でも仕入れてこよう」
二人は張り切った様子で同時に立ち上がった。
「・・・二人とも、ありがとう」
「あたしたちは、何もしてないよ。あんたを守れなかったし」
「ユーリカの言う通りだ。お礼なら、あいつに言いな」
わたしは肩を叩かれて、こくりと頷いた。
二人が部屋から出て行くと、わたしはベッドから降りた。
少しふらついたが、気持ちがそこに留まることを許さなかった。

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