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 Scene−4

そして、1年の締めくくりとなる夜がやって来た。
昼過ぎから、北風が強まり、ヴィラント山の向こうから厚ぼったい雪雲を運んで来た。
夕方からちらちらと粉雪が舞い始め、夜が更けるにつれ、ザールブルグの街はうっすらと雪化粧をまとい始めている。
クルトは、いつもよりも早めにかごと竹ざおを持って教会を出た。
深夜を過ぎると、新しい年を迎えた人々はお祝いに外へ出て、花火を上げたり酒場で酒を酌み交わす。それにそなえて、宵のうちはみな家にこもり、家族揃って往く年を回想し、来る年の幸を願う。その間は中央広場もほとんど人通りがなくなるわけだ。
クルトにとっても、今夜は修行の最後の晩となる。様々な思いが心の中で渦巻いていたが、そのことに関して深く考えるのは、作業が終ってからだ。作業を済ませれば、憧れの白い聖職者のローブに袖を通すことができる。あいにく、今夜の雪空では“アルテナの星”は見えない。でも、雲の上で暖かな慈愛の光を放っているのは見なくてもわかっている。心で感じられる。
泉水には氷が張っていた。竹ざおで何度も突いて氷を砕き、水中を探って銀貨や銅貨を集め、手ですくい上げる。すぐに手の感覚はなくなり、1回ごとに布で水分をぬぐい、息を吹きかけて暖め、あるいはランプの灯にかざす。だがぬくもりは一瞬のうちだけで、舞い散る雪と身を切るような冷たい水に、身体の芯まで冷え切ってしまう。
それでも、クルトは泉水の周囲を一周して、コインを集め終えた。
かごを持ち上げ、アルテナ様に捧げられた人々の善意の重さを確かめる。
「よし」
教会に戻ろうと、きびすを返しかけた時、ふわりと両肩が暖かなもので包まれた。
「え?」
振り返って見上げると、両親の顔が見えた。どちらも微笑んでいる。
「よくやったな。これで、おまえも晴れて神父見習いだ」
「おめでとう」
びっくりして、クルトはされるがままに、さらさらした純白のローブに袖を通す。アルテナ様の紋章がデザインされたローブは、少し大きめだった。成長期にあるクルトのことを考えた母親が、大きめのものをあつらえたのだ。
「アルテナ様のご加護がありますように」
一歩下がった父親は、正規の礼式に則って、息子に祝福を与えた。
あわててクルトも祝福を返す。だが、どうしてこの場所で――?
本来なら、この儀式は礼拝堂のアルテナ様の像の前で、行われるはずなのだ。
その時、いくつもの拍手が周囲でわき起こった。
びっくりして振り向くと、『職人通り』の人たちを中心に、いくつもの知った顔が並んでいる。
「よぉ、若いの。似合うじゃねえか」
酒瓶をかかえたハインツが声をかける。赤ん坊を抱いた雑貨屋のヨーゼフ夫妻、製鉄工房の主人ファブリックに手を引かれた一人娘のカリン、武器屋の主人レオ。ウルリッヒとヴェルナーも並んで、笑いながら手を振っている。
「街のみなさんが、おまえにお祝いを贈りたいそうだ」
おごそかに父親が言う。
ハインツの合図で、父親に背中を押されたカリンが、とことこと進み出る。まだ5歳か6歳のはずだが、褐色の巻き毛にリボンを結び、小さなバスケットを抱えている。くりくりとした青い目は、少し眠そうだった。いつもならとっくに夢の国で遊んでいる時刻に違いない。
「おにいちゃん、うさ子を助けてくれて、ありがとう。これ、あげる」
たどたどしく言うと、にっこりしてバスケットをクルトに差し出す。
「あ、どうも・・・」
クルトはどぎまぎしながら受け取った。
(どうすればいいんだろう・・・。こんなの聞いてないよ)
バスケットの中から、かさこそと音がする。思わず開けてみると、真っ白な毛皮のかたまりが飛びついてきた。
「うわっ」
あわてて抱きとめる。先日のうさぎよりも一回り小さい。
「この前、助けてくれた子うさぎの弟だ。かわいがってやってくんな」
ファブリックの親父さんは豪快に笑うと、大役を果たして眠そうなカリンを抱き上げた。
子うさぎは元気にちょろちょろと動き回る。
「あ、こら、だめだよ!」
新品のローブを破られるのではないかとひやひやしながら、クルトは左肩のところでようやく捕まえると、左腕でしっかり抱いた。ローブの生地越しに、小さな命のぬくもりが伝わってくる。
続いて、雑貨屋のヨーゼフが進み出た。
「ノーラばあさんは、村へ帰って行ったよ。今朝方、息子さんが迎えに来てな。あんたには、どんなに感謝しても感謝しきれんと言っとった」
この時はじめて、クルトはあの老婆の名前を知ったのだった。ヨーゼフは続ける。
「『冬の夜のお勤めは寒かろう、これで手をぬくめておくれ』と言うとった。仕事の後、毎晩、寝ずに編んでたみたいでな」
ヨーゼフはそう言って、ひと組のミトンを差し出した。
「おばあさんが・・・」
クルトは受け取って、胸に押しいただき、かじかんだ両手にミトンをはめる。
「あったかい・・・」
手先から腕、肩を通って、ぬくもりが胸に広がって行く。そっと目を閉じると、老婆の顔を思い浮かべ、祝福の言葉をつぶやいた。
(アルテナ様のご加護がありますように・・・)
「さあ、最後はこれだ。本当なら、お祝いには極上のワインといきたいところだが、おまえさんにゃ、まだ早いからな」
ハインツが、湯気の立つカップを差し出す。中には、真っ黒などろりとした液体が湯気をたてている。
甘い香りが鼻をくすぐると、それだけで口の中につばがわいてきた。
「どうだ、上等のホット・ショコラーデだぜ。そんじょそこらで手に入る代物じゃねえよ」
ショコラーデ・ドリンクは、原料の『カリカリの実』がなかなか手に入らないこともあって、特に庶民にはめったにお目にかかることができない飲み物だ。クルトも、特別なお祝いの日に何度かすすったことがあるだけだった。
「ハインツは『カリカリの実』を探しに、わざわざシュミッツ平原まで行ってくれたんだよ」
ヨーゼフが言う。
「うるせえな、余計なこと言うんじゃねえ。ついでがあったんだよ、ついでが」
「ありがとう・・・。皆さん、ありがとう」
クルトは頭を下げた。
「いいや、礼を言いたいのはこっちさ。あんたがしてくれたことは、みんなが知ってる。きっと、あったかな心を持った、いい神父様になってくれることだろう」
ヨーゼフの言葉に、クルトの両親を含め全員がうなずいた。


■絵:綾姫■
(小説のもとになったイラスト。元々のモデルは別ゲームのキャラです)

純白の聖職者のローブをまとい、老婆が心をこめたミトンを着け、小さく暖かな命を抱いて、甘く熱い飲み物をすする。この上ない幸せな気持ちで、クルトは目を上げた。
その時、北の空の雪雲が切れ、雲間から夜空の一部が覗いた。
赤く、落ち着いた、穏やかな星のまたたき。
(アルテナ様が、見てる・・・)

<おわり>



≪綾姫より≫
PS2ゲーム「召しませ浪漫茶房」の五家宝麟くんのイラストを描いてトップに飾っていたのですが、それを見た○に様は一瞬「ちびクルトさん?」と思ったそうです。・・・確かに!
わたしもミルカッセには似てると思ってたのですが、ちびクルトさんとは!ハマりすぎです。
(性格は全然似てないんですけどね)
関係ないイラストからの発想だというのに、さすが、内容に全く違和感がありませんよね。いつもながら設定や繋がりの丁寧さに感心します。キャラクターも個性のポイントをちゃんと抑えていて。
ちびクルトさんはいじらしいし、ちびウル、ちびヴェル、ちびカリンみんなかわいい!そしてハインツさんかっこいいー!(惚)
嬉しい突発プレゼントでした。そしてなにより、わたしの絵で何か感じてくださったというのが光栄で、絵を描くものとしてこの上ない喜びです。
○に様、ありがとうございました!!(≧▽≦)ノ


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