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 Real Time

「どうしましょう・・・。こんなことになってしまうなんて」
ルイーゼは顔をくもらせ、がっくりと肩を落としていた。
ようやく落ち着きを取り戻した3人は、向かい合うように椅子にかけていた。少女は相変わらずノルディスにしがみついている。
エリーがいれたミスティカティで気を落ち着け、ルイーゼがぽつりぽつりと昨日からの出来事を語り始めた。それによって、エリーやノルディスにも、何が起こったのかおぼろげながら推測が可能になる。 もちろん、どんな理由でヘルミーナがルイーゼに実験を命じたのかはわからない。
だが、ルイーゼが作業を終えて1階へ戻った直後に、なんらかの理由でアイゼルがヘルミーナ実験室に足を踏み入れたことは間違いない。そして、原因はわからないが爆発が起こり、それに巻き込まれたアイゼルは薬品の作用を受けて、このような姿になってしまったのだろう。
「それで、ルイーゼさん、その実験には、どんな材料を使ったんですか?」
真剣な表情でノルディスが尋ねる。
「そうねえ・・・」
ルイーゼは上目遣いで考え込む。
「思い出してください。調合材料がわかれば、それが手がかりになって、アイゼルを元に戻す方法がわかるかも知れないんです!」
「そうです、お願いします、ルイーゼさん!」
エリーも真剣だ。
「ええと・・・『祝福のワイン』と『ぷにぷに玉』、あと中和剤と――そうそう、『エリキシル剤』もあったわ」
「『エリキシル剤』が――!?」
「やっぱりか・・・」
ノルディスとエリーは顔を見合わせた。やはり、なんらかの高度な実験であったことは間違いないようだ。だが、そのような実験ならば、慎重な手順で行わなければならなかったはずである。ルイーゼに任せるなど、失敗してくださいと頼むようなものだ。そう思ったノルディスとエリーだが、本人の目の前で口に出すのは控えた。
「この材料から考えられるのは、回復アイテムか生命付与だけど・・・」
ノルディスが考え込む。
「でも、どうして猫耳やしっぽが生えちゃったんだろう?」
エリーは、ぴくぴくと動く少女の耳を見やりながら言う。
「う〜ん。残念だけど、それはわからない。ルイーゼさん、他に覚えていることはないですか?」
のんびりした性格で行動もとろいルイーゼだが、記憶力は信頼できる。だが、ルイーゼは首を振った。
「あ、でも、あたしが作業をする前から、ガラス容器の中には液体が入っていたから・・・。その液体の正体はわからないのよ」
シチューのようなどろりとした半透明の液体の中には、なにか固形の物体が入っていたような気もするが、それ以上のことは覚えていない――と、ルイーゼは目を伏せた。
「そうですか・・・」
ノルディスはくちびるをかんで考え込んだ。彼の気分が伝染したかのように、少女のしっぽが不安げに揺れる。
「それにしても、本当に、アイゼルさん・・・」
ルイーゼが手を伸ばすと、少女は緑色の瞳で相手をじっと見つめ、嬉しそうに、
「みゃお」
と声を上げた。
そして、両手を伸ばし、もがくように足をばたつかせる。
「ア、アイゼル?」
ノルディスが腕の力を緩めると、少女はぴょんと飛んで、ルイーゼの腕の中に収まった。
「あ、あら・・・」
驚くルイーゼの胸に顔をすりつけ、とろけるような笑みを浮かべる。
「まるで、アウラみたい・・・」
つぶやいたルイーゼが、はっと身を固くした。
「まさか――!?」
「どうしたんですか、ルイーゼさん?」
空色の目を大きく見開いたルイーゼは、自分を見上げている猫耳の少女の顔をじっと見つめた。
「思い出したわ。あの実験室には、アウラもいたのよ」
「ええっ?」
エリーがすっとんきょうな声を上げる。
「そうなの。あたしの後を追いかけて来たらしくて、実験室に入って来たの。途中でいなくなってしまったので、お散歩に出てしまったのだとばかり思っていたけれど・・・」
「じゃあ、子猫のアウラがアイゼルと一緒に、爆発に巻き込まれて――!」
ノルディスが絶句した。猫耳としっぽが生えている理由は、そういうことなのか――。
「だとしたら、どうやって元に戻せばいいの?」
エリーが絶望的な声を上げる。
その時、カーテンが閉められた工房の窓のところで、ことりと音がした。だが、話に夢中の3人は気がつかない。
「ふ、ふああああ〜」
ほどなく、エリーが大あくびをする。
「エリー! こんな時にあくびするなんて、不謹慎だよ」
「あ、ごめん・・・。でも、なんだか眠くなって――」
気付くと、ルイーゼは少女を抱いたまま、こっくりこっくりしている。少女の猫耳もぺたんと伏せられ、しっぽもだらりと下がっている。安らかな寝息が聞こえてくるようだ。
ノルディスが、はっと顔を上げる。
「このほのかな香りは、『安眠香』の・・・」
しかし、急速に襲ってきた睡魔に、声は途切れた。
そして3人とも、椅子から崩れるように床に転がり、ぐっすりと眠り込んでしまった。


工房のドアが開き、ヘルミーナが入って来る。
ドアをぴしゃりと閉めると、窓辺に寄って、先ほど外から差し入れた『安眠香』の香炉のふたを閉めた。そして、床に倒れている3人の方へつかつかと歩み寄る。
ルイーゼの胸にしがみついて、赤ん坊のように眠っている猫耳の少女に目をとめると、ヘルミーナは目を見張った。
しばらく無言で見下ろしていたが、やがて面白がっているような笑みが口元に浮かぶ。
「ふふふふふ、なるほど、こんなことになっていたとはね。確かに、予想もしていなかった・・・いや、予想以上の出来と言ってもいいかね、ふふふ」
そして、手を伸ばして少女を抱き上げる。
「ふみゃあ・・・」
寝ぼけたように身じろぎする少女を濃紺のローブの下に隠し、ヘルミーナは後も見ずにエリーの工房を出て行った。


「う、う〜ん」
「ふわあああ・・・あれっ?」
エリーとノルディスが目覚めたのは、ほぼ同時だった。
魔法耐性が弱いルイーゼは、まだ床に横たわったまま、安らかな顔で寝息を立てている。
「何が起こったんだ?」
「ええと・・・なんだか急に眠くなって――」
首を振って意識をはっきりさせたエリーは、すぐに眠り込む前のことを思い出した。
はっとして、工房を見回す。
「アイゼル――!? アイゼルは?」
「どこだい、アイゼル?」
ノルディスも起き上がって、作業台の陰やアイテム置き場を覗き込む。
だが、妖精の服を着た少女の姿は、どこにもなかった。
「どうしよう・・・。誰かにさらわれちゃったのかな」
「とにかく、探そう!」
あわてふためいたエリーとノルディスは、外を探しに行こうと、勢い良く工房のドアを引き開けた。
「――!!」
「え・・・!?」
目の前に立っていた人物を目にして、ふたりは凍りついたように立ちすくんだ。
「何よ、びっくりするじゃないの」
いつものピンクの錬金術服に身を包み、灰褐色の子猫を片手に抱いたアイゼルが、驚いたようにふたりを見つめていた。もちろん、年齢相応の格好をしているし、猫耳も生えていなければ、しっぽもない。
「ア、アイゼル・・・?」
ぽかんとして見つめるエリーに、アイゼルは腰に手を当て、つんとあごを突き出した。傾きかけた西日に、アイゼルの顔が赤く染まる。
「どう? あたしが依頼しておいた『星の砂』、そろそろできているんじゃなくって? 実家のお手伝いの仕事が早く済んだから、アカデミーへ戻るついでに寄ってみたのよ」
そこまで言って、アイゼルは不審そうにふたりの顔を見た。
「何よ、ノルディスもエルフィールも、お化けでも見たような顔して。なにかあったの?」

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