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 Real Time(承前)

「あ、あたしが赤ちゃんみたいに若返って、猫耳としっぽが生えたですって!? ばかなこと言わないでよ! 夢でも見たんじゃないの?」
アイゼルは、あきれたように叫んで、エリーをにらみつける。ノルディスもルイーゼも、茫然としてアイゼルを見つめている。
「で、でも、確かに・・・」
しどろもどろで説明しようとするエリーをさえぎり、アイゼルはまくしたてる。
「第一ね、当のあたしが、そんな記憶はないって言ってるのよ! 今日はさっきまで、実家でお父様の手伝いをしていたんですからね! 誰に聞いてもらってもいいわ!」
「でも、アイゼルさん・・・。今日の午前中、アカデミーの地下ですれ違いましたよね。その後、ロビーの方には戻って来られなかったと思うんですけど」
ルイーゼがおずおずと言う。ノルディスも言い添える。
「そうだよ。ぼくたちが地下へ行った時も出会わなかったし――。そのすぐ後に爆発があったものだから、てっきり・・・」
「確かに、あたしはヘルミーナ先生の実験室には行ったわよ。にっ――いいえ、ちょっと、前の日に忘れ物をしたので、それを取りにね。だけど、実家へ行くのにロビーへ戻っては遠回りになるから、近道をして奥の階段から裏庭へ出て、そのまま裏門から出て行ったのよ」
「へ・・・?」
確かに、地下の廊下の奥には、アカデミーの裏庭へ通じる狭い階段がある。普段は使うことがないので、エリーもノルディスもその存在をまったく失念していたのだった。
「それで、にっ――じゃなくて、忘れ物を取ろうとした時に、その子猫が調合釜の陰から出て来て、うるさくまとわりつくものだから、一緒に実家まで連れて行ってしまったのよ。後でアカデミーに帰った時に、ルイーゼさんに返せばいいかと思って」
アイゼルは、ルイーゼが抱いている子猫のアウラを見やった。
アウラはアイゼルを見つめ、満足げに
「みゃあ」
と鳴いた。どうやら、ワイマール家では十分なもてなしを受けたらしい。
「だからね、きっとあなたたちは、ヘルミーナ先生の薬の影響かなにかで、幻覚を見たのよ。そうに違いないわ」
アイゼルは決め付け、これで話は終ったというように、3人を見回した。
「じゃあ、やっぱり、そういうことなのかな・・・」
「それにしても、リアルな幻覚だったね・・・」
「さすがは、ヘルミーナ先生ですね・・・」
いまだに夢から覚めていないような気分だったが、エリーもノルディスもルイーゼも、その説明を受け入れるしかなかった。なにしろ、当のアイゼルが、そんな事実はなかったと言っているのだ。納得するしかない。
その時、屋根裏部屋へ通じる階段の上から、弱々しい声が聞こえた。
「お姉さん・・・。ボクの服、まだ返してもらえないんですか・・・?」
白いシーツを身体に巻きつけたピコが、目を赤く泣きはらして、すがるように言う。
「え?」
愕然として、エリーとノルディスは顔を見合わせた。
妖精の服を奪われたピコ――。
これこそ、あの猫耳の少女が幻覚などではなく、現実のものだったという明らかな証拠に他ならなかった。
「エリー・・・」
「ノルディス・・・」
ふたりの口から、同時に言葉がもれる。
「それじゃ、あの子は誰・・・?」


 For the Future

「まったく・・・。あきれ果てて物も言えないとは、このことね」
イングリドは、実験室の作業台の上にちょこんと座って、物珍しそうにあたりを見回している猫耳の少女を見やり、鋭い視線をヘルミーナに向ける。
当のヘルミーナは悪びれもせず、腕組みをして意味ありげな笑みを口元に浮かべている。
ここは、アカデミーの地下、イングリドの実験室だ。
自分の実験室は爆発のせいでドアが破損し、鍵がかけられないため、やむを得ずヘルミーナはエリーの工房から取り戻してきた少女を、イングリドの実験室に運び込んだのだった。
イングリドはうんざりしたようにヘルミーナをにらみ、とげのある口調で続ける。
「いくら、ホムンクルスを創るのが20年来のあなたのライフワークだからといっても、今回は明らかにやり過ぎだわ」
「ふふふふ、そうかしら? 誰にも迷惑はかかっていないと思うけれど」
「冗談じゃないわ! 生徒を実験材料にするなんて――!」
イングリドの目がつり上がり、剣呑な光を帯びる。だが、ヘルミーナはどこ吹く風だ。
「実験材料って・・・。髪の毛を何本か頂戴しただけじゃないの。そりゃあ、怪しまれないように『生きてる接着剤』を使って、事故に見せかけて自然な形で手に入れなければならなかったけれどね、ふふふふ。まあ、細胞がひとつあれば、そこから増殖させて人工生命体を創り上げるのは造作もないことだからね」
「それにしたって、どうしてアイゼルの細胞を使う必要があったわけなの? 自分のを使えば十分じゃない?」
イングリドの指摘に、ヘルミーナは複雑な表情を浮かべた。
「どうせ、ホムンクルスを創って助手にするなら、素直に言うことを聞いてくれる個体の方がいいからね。あなたもそう思うでしょう、ふふふふ」
「確かに、そうね。ほほほほ」
イングリドも苦笑した。ヘルミーナみたいな性格の助手など、使うのは願い下げだ。
「それにしても、ルイーゼに実験をさせた効果が、こんな形で現れるとはね、ふふふ」
ヘルミーナは手を伸ばして、少女の猫耳に触れる。
「ふにゃあ」
少女は声を上げ、腰が砕けたようにぺたんと丸くなった。しっぽが左右に揺れる。
「つまり、ルイーゼさんが世話していた子猫の毛が、なんらかの理由でホムンクルスを培養していた容器に混入してしまった・・・。その結果、細胞が混じり合って、このような姿に成長してしまったということね?」
「そのようね、ふふふ。本当に、偶発的要素というのはすごいわ」
「それだけじゃないでしょう? あの爆発はどういうことなの?」
「ふふふ、さあね。たぶん、ルイーゼが薬品を過剰に入れたか、手順を間違えたせいで、激烈に反応が進んで成長し、その反応に耐え切れずに培養液が爆発したのだと思うけれど。再現するのは難しそうね」
「もう! それもあなたが言う“偶発的要素”だって言うの?」
「その通りさ、ふふふ」
ヘルミーナは笑みを浮かべたまま、少女を見つめる。その視線に暖かなものを感じたイングリドだが、口に出すのはやめておいた。
「それで――? この子をどうするつもり?」
イングリドが事務的に言う。
「いつまでも、わたくしの実験室に隠しておくわけにはいかないわ。かといって、こんな姿をした子がアカデミーをうろうろしていたら、とんでもないことになるし・・・。第一、アイゼルや他の生徒に見られたら、説明のしようがないでしょう」
「そうだね、ふふ」
「助手をさせると言っても、一から言葉を教えなければならないし、一人前にするのは大変よ。それに、寿命の問題もあるし――」
言いにくいことだが、イングリドはずばりと言った。人工生命体であるホムンクルスの寿命は、20日間程度に過ぎない。そのことは錬金術書にも記されているし、ヘルミーナ自身、かつて最初のホムンクルスを創造した時に、身にしみているはずなのだ。
「まあ・・・そうだね。『エリキシル剤』を追加しているから、クルスの時よりは寿命は延びているはずだけれど、あてにはならないからね」
つまり、ある日突然、生命が尽きてしまうということだ。
「この子だって、決してそんな運命は望んでいないはずよ」
イングリドは少女の栗色の髪をなでる。
「にゃあ」
エメラルド色のつぶらな瞳に見つめられて、イングリドの顔も思わずほころびそうになる。ヘルミーナは面白そうにながめていたが、穏やかな口調で言う。
「そのことは、ちゃんと考えてあるよ、ふふふ。もう、手は打ったしね」
「え? どういう――」
言葉が終らないうちに、実験室の中央の床の上に、虹色の光がぼうっと浮き上がった。光はすぐにまばゆく広がり、そこから男の子のような人影が現れ、床に下り立つ。
それと共に、虹色の光はすっと消え去った。
「やあやあ、お久しぶりです」
その妖精は、猫耳の少女と同じ服を着ていたが、帽子も服もきらきらと虹色に輝き、常に色を変えていた。妖精族の中でも最高ランクに属する虹妖精であることは明らかだ。
「ふふふふ、早かったじゃないの」
ヘルミーナの言葉に、虹妖精はにっこりと笑った。
「で、お話にあったホムンクルスというのは、その人ですか。・・・いや〜、これは珍しい」
かん高い声で答え、よちよちと作業台に歩み寄ると、虹妖精はヘルミーナの手を借りて台に上がり、少女に手を差し伸べる。
「にゃ?」
少女の猫耳がぴくぴく動いたが、新来の虹妖精をこわがってはいないようだ。
「どうかしら? この子を『妖精の森』で預かって、一人前に鍛えてほしいのだけれど」
ヘルミーナの言葉に、虹妖精は自信たっぷりにうなずく。
「もちろんです。妖精族として、長いこと人間のお手伝いをできるようにしてあげますよ」
それはつまり、妖精と同じ長寿を与えてくれるということだ。
「頼んだよ、ふふふふ」
「お任せください。ボクもそうしてもらったのですから。それにしても、猫耳としっぽを生やした妖精など、前代未聞ですね。実にやりがいがありますよ」
虹妖精は、きょとんとして見ている少女を、にこにこと見やった。
「ああ、ところで、この子の名前は何と言うのです?」
ヘルミーナは、この問いにふと眉をひそめた。
「そういえば、まだ名前を考えていなかったね」
腕組みをして、上目遣いに考え込んだが、すぐに笑みを浮かべると、虹妖精の耳にささやきかける。
「なるほど。わかりました。良い名前ですね。妖精としては異例ですが、問題はないでしょう。それに、実に覚えやすい」
うなずくと、虹妖精は少女の両肩に手を置いた。
「それじゃ、行きましょうか」
「にゃお」
少女は楽しそうにしっぽを振る。
「元気でね」
どちらに言うでもなく、ヘルミーナがつぶやいた。
同時に、作業台の上は虹色の光に包まれた。
まばゆい光があふれ、それが消えた時には、虹妖精も猫耳の少女も姿を消していた。
ヘルミーナは、遠くを見るような目で、空っぽになった机の上を見つめている。
寄り添うように近づいたイングリドが言葉をかけた。
「元気そうだったじゃないの、クルス・・・」
「そうね」
目を向けずに、ヘルミーナはぽつりと答えた。
ふと思い出したように、イングリドが尋ねる。
「そういえば、あの娘、何て名前にしたの? わたくしには聞こえなかったのだけれど」
「ふふふ、どうやら、あの娘はノルディスになついていたようだからね。まあ、アイゼルの細胞が元になっているのだから、当たり前だけれど。だから、ノルディスにちなんだ名前にしたのよ。ふふふふ」
そして、ヘルミーナはイングリドに名前を告げた。
「ノルディスにちなんだから、“ノルン”ですって!? なんて安直なの!」
あきれるのを通り越して、イングリドは笑い出した。


今は虹妖精にまで成長したホムンクルスの大先輩、クルスに『妖精の森』へ連れて行かれたノルンは、数年間の修行を積むうちに、めきめきと成長した。
身体は一般の妖精よりも大きくなり、子猫のアウラの遺伝子が強かったのか、栗色の髪の毛は抜け替わって灰褐色となった。だが、妖精の間で暮らすうちに、猫耳としっぽを持つ姿には、自分自身も周囲も違和感を隠しきれなくなっていった。この点では、最初から妖精をモデルに創られたクルスとは大きく事情が異なっていた。
『妖精の森』にいずらくなったノルンは、どこか遠くへ修行の旅に出ることを長老に申し出て、受理された。
ノルンは新天地を求めて旅立った。

――そして、物語は遥か遠い空の下、レガルザインへと続く。

To be Continued・・・?



≪綾姫より≫
「綾の国」の100000hitの申告がなく、一番近いカウンタを申告してくださった○に様のリクエストを受けてイラストを描いていた最中、○に様のサイト「ふかしぎダンジョン」で110000hitをゲットしました。それでは、と、「今描いてるイラストを元にお話を書いてください」とリクエスト♪
そんなこんなの経緯で生まれた相互キリリク同時公開企画です☆
さすが○に様!見事に期待に応えてくださいました!(≧▽≦)ノ
ラストにイリスに続いちゃうとは!びっくりですよー!(あはははは!)
ミステリー作家綾辻行人さんのすとんと落ちるどんでん返しを意識して書いてくださったそうで。嬉しい意表を突かれましたv
ノルン誕生秘話になってしまいましたね。ノルンは、現時点で未発売の「イリスのアトリエ エターナルマナ」の猫耳なキャラクターです。ちなみに、ノルンのキャラクター情報公開はわたしがイラストを描いた後でした。色んな要素が丁度うまいぐあいに重なり合って今回のお話が出来上がったわけですね〜。皆様、お楽しみいただけましたでしょうか?
というより、わたしが楽しかったです!ちびっこねこみみしっぽアイゼル様(後のノルン)、かわいいい〜vvv(壊)名前の由来がノルディスだなんて、ハマりすぎてて怖い(笑)
それにしても、アイゼルの気持ち、ヘルミーナ先生にもバレバレなんですね。気付いてないのはノルディス本人だけですか?(笑)
気になるのはピコです・・・いや、ノルディスの知識を10アップさせちゃった体のことも気になりますけど(笑)服、どうしたんでしょうか?
あ、そうか。きっと、リリーのレシピを見つけて、エリーが作ってあげたんですね(笑)でも、作ってもらえたのは黒妖精の服だったりして・・・。哀れピコ、修行再スタート?(爆)


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